【加筆】2つの通達 パリパラリンピック・アーチェリー日本女子代表辞退事件について考える

【加筆】友人に長いと言われたので最初に要約を入れました。

報道されている事 :  BさんがAさんのブログに匿名で誹謗中傷した。悪質とされ約120万支払う。

裁判記録によって明らかになったこと : Bさんは雑アを見てAさんが車椅子で試合に出ていることを知る。日身ア連にルール違反か確認する。該当の試合は全ア連の主催であり、日身ア連にはルール違反か決める権限がないのに、ルール違反と回答する。Bさんはルール違反だと思い込む。以下、報道のとおり。

日身ア連は第三者ではなく当事者。だから、でたらめな発表を世間にしている。

論点は、日身ア連が全ア連の公認試合での「ルール違反疑惑」を判断する権限があるのか、です。

加筆ここまで。


きっかけはパリ・パラリンピックに迎えるにあたって、とある記事へのアクセスが急増したことでした。特にこの時期に当時の事件が蒸し返される必要性も感じなかったのですが、調べてみたら、新しい事件が発生していました。

例えばルール関係で注意をされた際には、司法に訴えたりする前にまずは審判の指示に従うといったスポーツ界における然るべき順序と手段を以て対処してゆかないと

昨今の報道案件について(連盟コンプライアンス委員会)

連盟の当初の発表ではルールについて注意された際に審判のの指示に従わない選手の存在を示唆する表現があり、長年アーチェリーの競技会に参加してきた人間として、そもそも審判に従わない選択が選手に存在するのか疑問だったので、実際の裁判記録を閲覧してきました。2000ページ以上はある10cm以上の資料でした。

この記事ではこの事件がどんなものだったのかについて迫っていきたいと思います。

裁判にもなった事件なので、長くなりますが、分かりやすさよりも、正確性を重視した記事にすることを心がけています。この事件の中心人物は下記の三人です。

・原告 Aさん 東京・神奈川を中心に競技している選手

・被告 Bさん パリオリンピック日本女子代表選手(辞退)

・日本身体障害者アーチェリー連盟 クラス分け担当理事 O氏(当時)

原告AさんのブログにBさんが「ルール違反してない?してるから言ってるんですけど」等と書き込んだ事に対して、それが名誉毀損に当たるかどうかという裁判だったのですが、裁判の中でBさんはAさんが競技団体や勤務先に裁判のことを伝えたことは逆の名誉毀損・プライバシーの侵害であると反訴し、最終的にはBさんによる名誉毀損が認められ、Aさんに対する約124万円の支払いが確定した事件です。この流れはいろいろなメディアにあるので、この経緯について詳しく知りたい方は新聞とか読んでください。

前の記事で書いたように、双方「ルール違反について」ではなく、裁判の争点は名誉毀損についてでしたが、ここではその部分には触れず(立派な裁判官判断済みだし)、裁判記録をもとに「ルール違反」とされたものは何だったのかについて、解説していきたいと思います。

以下長くなるので、すぐの答えを知りたい方向けに結論から言えば、全日本アーチェリー連盟と日本身体障害者アーチェリー連盟の理事間・審判間に存在するパラスポーツに関する思想の違いが根源にあり日身ア連の思想の影響を大きく受けたBさんが、一方的に自分が正しいと信じてしまったことが原因だと考えられます。


以下、詳細です。長くなります。

まず、この裁判はAさんととBさんの間で争われていますが、競技規則の解釈とAさんがルール違反をしていたかについて、調査嘱託(裁判において第三者に回答を求めること)が多くのアーチェリー競技団体に送付されています。全ア連、東京都アーチェリー協会、千葉県アーチェリー協会、日本身体障害者アーチェリー連盟、公認審判員の方などが回答しています。

その回答の中にはルールの運用の対立が見られます。しかし、私が前の記事で日身ア連の問題を提起したように、それらは連盟関係者間の意見の対立であり、AさんとBさんという選手の問題ではありません。連盟間でよく話し合って解決すべき問題を、選手の裁判に押し付けている状態になっています。

どのような意見の対立か簡単に言えば(*)、

・日身ア連 : ルールはルールだ。守れないならルール違反である

・全ア連 : それは自分の主催大会でやってください。

・裁判所 : 地方競技団体の一般試合における、ルールに厳密でない運用は障害者が健常者との比較において有利ではない限り、事実上許容されていた。

*日身ア連の証言(乙第10号証)はクラス分け担当理事のO氏であり、彼の意見が連盟を代表とする。全ア連や地方一般競技団体の意見・回答に多様な方法で提出されていて、代表的な意見を取り上げています。裁判所の意見は判決より。

まず、ここで議論になっているルールとは全ア連の競技規則の19章のパラアーチェリーの部分です。最新のものは全ア連のホームページよりダウンロードできます。ここで理解すべきは、19章にあるルールはパラアーチェリー競技について定めたもので、各地で地元のアーチェリー協会において、一般的に行われているアーチェリー大会についてのルールではないのです。

例えば、

競技会場および練習会場は、IPC規則に定義されるとおり、車椅子使用者に必要な施設を備え、支障なく出入りできなければならない。会場の入り口からウェイティングラインおよびシューティングラインまで、補助なしで車椅子が移動できなければならない。

全日本アーチェリー連盟競技規則2024-2025, P.95

と書かれています。バリアフリー社会を目指すに正しく真っ当なものであることはその通りなのですが、ルール通りの運用では、バリアフリーが完璧に整備された競技場を確保できない都道府県では、パラアーチェリーの試合は開催できないことになります。

一方、そもそものパラスポーツの目指す一つの形は、障害のある人々が社会の一員として活躍できる場を提供し、共生社会の実現を目指すものである以上、競技場のバリアフリー改修が終わっていないからとパラアーチャーの参加を拒否していては、本末転倒もいいところでしょう。

実際の歴史的な経緯が裁判で検討されることはなかったわけです(争点ではない)が、全ア連側の意見としては、厳密なルールの運用はさておき、パラアーチャーが一般のアーチェリー競技大会に参加申込したとき、それぞれの地域のアーチェリー協会では、ルールにある理想的なバリアフリー環境の提供ができるないから断るのではなく、どうしたらパラアーチャーに競技に参加いただけるかで運用が考慮されてきました。

ただ、近年バリアフリー環境が整いつつある中、いつまでの選手ファーストの運用では混乱が生じるとの問題提起があり、全日ア連競技第 20-031号が、2020年9月26日に出されます。内容としては、一般の公認競技会について、パラアーチャーはこれまで通り参加を認めるが、記録を公認記録とするかは厳密に運用する。というものです。これが現在まで続いています。

原告のAさんは全日ア連競技第 20-031号が発出されてからは、ルールに従い競技をしていると思われます(裁判では触れられていないので不明)。ただ、2020年9月26日以前には、自身のパラアーチャーでのクラス分けで許可されていない車椅子を使用して、一般の試合に参加したことがありました。これはルール違反なのか。または、一般の試合で、会場がバリアフリーとは言い難い状況で、車椅子からスツールに都度移動する事などが試合の進行に与える影響で黙認されていたのか…。

しかし、現実的にはルールの話にならずに、翌年(2021年)の1月に、BさんはAさんをブログにおいて匿名で攻撃します。このことについて、裁判所の判断は

・競技規則に基づいてルール違反を通報した事実はなく、原告のブログで指摘することが問題提起であるとは言えず、原告に対する反感・攻撃が全面に出たものである。

・「何度も注意されたのに聞かない」なとどと全くの虚偽の事実を摘示してした上に、挑発的、嘲笑的に言及し、悪質性は相応に高い。

として、名誉毀損としました。

ルール関係で注意をされた際には、司法に訴えたりする前にまずは審判の指示に従う

昨今の報道案件について(連盟コンプライアンス委員会)

裁判の重要な争点のひとつである「パラアーチェリーのルールにおいてルール違反かどうか」は司法が決めるべきものではないと考えること

一般社団法人日本身体障害者アーチェリー連盟コンプライアンス委員会

ですので、8月21日と28日の日身ア連による発表は、後者は噓であり、前者は解釈に困りますが裁判記録でBさんがAさんに注意をしたという記述は見つけられませんでした(*)。

*10cm以上ある記録なので私の見落としの可能性は否定してませんが、↓↓少なくとも裁判でも同様に認定されている。

裁判所はルール違反であるかは判断せず、ルール関係で注意するなら競技規則に基づいて団体に通報すべきであり、それをせずブログにおいて匿名で攻撃することは悪質だと司法判断をくだしたに過ぎません。

裁判所はルールに関しては、一般論として、パラ選手が一般の試合に参加する状況で、審判の関心はパラ選手と健常者との比較において公平性にあったとしただけです。


では、Bさんは何をルール違反だとしたのか。裁判においてBさんは「ルールの解釈に最も信頼のできる日身ア連から、ルールの解釈を聞いており、確実な根拠をもとに、誤信していた。」と主張しています。つまり、日身ア連にルールの確認をし、その上でAさんはルール違反をしていると思ったとしています。実際裁判でも、Bさん(九州)はAさんのルール違反と判断したのは、雑誌アーチェリーの記事で関東で行われた試合で車椅子に座って射る写真を見たからだとしています。 

では、その日身ア連の証言はどういったものだったのか。これが一番攻撃的で、驚きました。

1.全日ア連競技第 20-031号/日身ア連第12号は新しい解釈ではなく、従来ルールの周知である

2.証言している全ア連の公認審判員である Hさん Yさんは 健常者団体の審判であり、パラのルールを熟知しているか疑問である。

3.全ア連の健常者団体の審判がパラのルールの運用を誤っていたのであれば、誤った審判に沿ったパラ選手の行動も誤ったものである。ルール違反はスポーツマンシップに関わる倫理的問題

と、こんな感じでした(乙第10号証)。

実は2020年9月26日のクラス分けのルールの変更については、全日ア連競技第 20-031号だけではなく、日身ア連第12号という通達も存在しているのです。上の写真とおり、全ア連と日身ア連の上下関係が逆転しています。この2つの内容が同一である通達が私の思う問題の核心です(*)。

*全ア連版は(2022年コンプライアンス違反により処分された津田正弘氏が)2020/09/25 10:38:50に作成、日身ア連版は2020/09/25 13:33:49に作成(プロパティより)。

全日ア連競技第 20-031号通知に対して、日身ア連の役員の立場でその解釈について、自身の解釈の正当性を主張するのは明らかに越権行為ですが、日身ア連第12号通知に対して、その解釈を日身ア連の役員が主張するのは、当然のことです。同じ日、同じタイトル、同じ内容で、違う解釈(厳密には解釈する母体団体が違う)の通達が発生するわけです。

Bさんは日身ア連のどなたかに全日ア連競技第 20-031号通知か日身ア連第12号を指定せずに、「9月26日の通達の解釈」について訪ねたのだと想像します。当然、日身ア連は自身の発出した日身ア連第12号の通知についての解釈をBさんに伝えたことでしょう。それを持って、BさんはAさんに対して、スポーツマンシップに則っていないと確信したのかもしれませんが、その後の流れはすでに伝えたとおりです。

クラス分けカード所持者が、競技会出場時にクラス分けカードに記載されている補助用具以外を使用した場合は、ルール違反です。

クラス分け(補助用具)に関する再確認

日身ア連は自身の連盟のホームページにこのようなことを書いていますが、当然のこのながら、これは日身ア連の主催する競技会に限ったことです。もし、日身ア連に全ア連主催の競技会を公認する権限があり、実際に公認しているのであれば、その試合において、日身ア連の解釈が全ア連の試合に及ぶことは考えられますが、個人的にはその例を知りません。間違いであれば訂正します。

一方で、Aさんが問題となった試合は通達前の全ア連傘下団体が開催したものです。そこでのAさんの行為をスポーツマンシップに欠けるとした関係者は、私が裁判記録を見た限りでは全ア連側にはいません。全ア連としても、これがブログでの匿名の誹謗中傷ではなく、内部通報などで大事となったとしても、瑕疵が無く一般の競技会でのパラ選手のルール運用について大声で責められる日身ア連と違い、当時その判断を行った審判員が所属する全ア連は、「記録の公認取り消し」「オープン記録とする」あたりで手打ちにしたと推測します


今回の「ルール違反」問題は、根本的には全ア連と日身ア連の思想の対立、または、「公平性」についての見解の違いだと考えます。公平性について、全ア連は今回その意見を公にしていないので、以下、長年全ア連のWA/全日本/東京(地方)/新宿区で競技してきた私の意見を述べさせていただきます

競技の規則は膨大であり、細部にわたっています。一方で、地域の競技団体は10-20人程度のところもあり、完璧に正しくルールを全員が理解し、正しく運用することは、現実として無理です。なので、(〇〇市・〇〇区)の地区大会というものは結構適当に運営されています。

その根底にある思想は、そこで多少不適切な点数が記録されても、獲得した選手はそれをもって、一気に世界チャンピオンとなるわけではなく(そもそもWA非公認)、その点数を使って、国体選手の選考会に参加したりするわけです。このレベルになると、関係者の数も経験も一気に上がり、ルールもより、厳密に運用されます。ただ、このレベルでも、例えばコンパウンドであれば、60ポンド以下であるかのすべき計測を弓具検査では行わなかったりします。

都道府県代表の上は、全日本選手権であり、このレベルに達すれば、WA公認試合になり、WAの完璧なルールに則って試合が運営されます。厳密な弓具検査とドーピング検査もあります。当然トップを目指す選手はこのレベルの大会で結果を出す事を求められます。

つまり、地方大会で、完璧なルール運営を怠って、選手が多少ルールを逸脱したところで、趣味アーチャーは楽しく試合すればいいし、本当に上を目指す選手は、通用しない事を知っているので悪いことをするメリットがないという性善説で小規模な競技会は運営されます。

一方で、どんな小さな競技会でもWA公認試合と同じルールに則って厳密に運用すべき原則論が存在することも理解はできます。しかし、「すべきである」と「それができる」の間には相当な距離があり、2020年まで全ア連ではある程度ゆるーく、それ以降であっても、現実として、その距離が埋まることはないので、パラスポーツの精神に則って、広くパラ選手が参加できる現状を改悪せずに、かわりに記録の非公認(オープン記録)とすることにしたわけです。

当該案件に関しては一部事実誤認や、おそらくアーチェリー界における双方の過去を含めた事実関係を調査確認していないこと等から、事実と著しく異なることまでがあたかも事実のように流布されてしまうことにより、当該選手が過度な社会的制裁を受けている現状があります。

一般社団法人日本身体障害者アーチェリー連盟コンプライアンス委員会

以上、長くなりましたが、ここまでの経緯をご理解いただいたうえで、日身ア連の発表を改めて読んでいただくと理解が進むと思います。少なくとも私はここに至って、この日本語を理解しました。

Bさんは「日身ア連からルールの解釈を聞いており、確実な根拠をもとに、誤信していた。」と主張しているとおり、問題の試合が全ア連主催であるにも関わらず、日身ア連はBさんに自分たちが主催する試合の場合における判断・解釈のみを説明、その場合はルール違反であると説明し、Bさんに誤った理解をさせた。

ネット上で一部、日身ア連はBさんをなぜここまでかばうのか、との声がありますが、私としてはいちパラアーチャーであるBさんの責任よりも、当時、日身ア連が連盟として責任ある行動をとっていれば、そもそも誹謗中傷は発生しなかった可能性すらあります。

そのために、連盟の公式発表でルール違反が裁判の争点だとか、ルールが司法によって判断されてはならないなどと、意味不明な主張でもって、連盟自身の責任が露呈しないように、事件を本質が公に露呈しないようにしているのだと推測します。

2024年の日本スポーツ界で、その主張で日本身体障害者アーチェリー連盟が逃げ切れるのか、見守っていきたいと思います。

*裁判記録 東京地裁 令和4年 ワ 3002xに基づく。どなたでも150円で閲覧いただけます。

フェイクニュースを発表するアーチェリー連盟って…

一般社団法人日本身体障害者アーチェリー連盟(日障ア連)コンプライアンス委員会が8月28日に、まるっとフェイクニュースを発表したことに驚いています…こんな事があっていいのでしょうか…嘘と無知のハイブリッドで早急に撤回すべきです。

詳細に裁判記録を読み込んできました。厚み10cm以上ある3冊もの裁判記録で、裁判記録は閲覧(メモ)することしか許可されていない、下記一言一句間違いないとは言えませんが、連盟の嘘と無知に比べれば、多少の不一致はお許しください。また、裁判の詳細に関しては、別途、後日整理して詳細に書きます。

裁判の重要な争点のひとつである「パラアーチェリーのルールにおいてルール違反かどうか」は司法が決めるべきものではないと考えること

パリパラリンピックに関する当連盟の判断について(連盟コンプライアンス委員会)

まずは嘘から。連盟は「裁判の重要な争点であるルール違反」と発表していますが、そんな事は裁判記録には全くない嘘です。連盟は裁判の関わる裁判官・弁護士・原被告すべてが争点を理解していないとでも言いたいのでしょうか??

この裁判はざっくり言えば、ルール違反と勘違いした選手が名誉毀損をしたことの裁判ですが、被告は裁判における自身の真実相当性について「ルールの解釈に最も信頼のできる日障ア連から、ルールの解釈を聞いており、確実な根拠をもとに、誤信していた。」とあります。

真実相当性と誤信についてのAI回答

原告がルール違反していないというのは当然の主張ですが、被告側もルール違反と勘違いした(ただし、勘違いしたのには理由があるから悪くない)と主張している以上、ルール違反かどうかが争点であるはずがないのです。

ルール違反かどうかは司法が決めるべきものではないと考えること

パリパラリンピックに関する当連盟の判断について(連盟コンプライアンス委員会)

嘘の次は無知について。連盟さん、ルールブックって知っていますか??

ルールブックの最初のページには「This edition contains all current laws and bylaws approved and in effect on the date shown below.」と書いてあります。

Lawに違反しているかどうかをLawyerが決めるべきではないって…本気で言ってますか。

日本スポーツ仲裁機構などというスポーツと司法の関係について書く以前に、じゃ、ルール違反は誰か決めるべきだとお考えか、コンプライアンス委員会の皆さんの法思想を是非伺いたいです(*)。

*「スポーツ紛争と司法権の限界」での指摘等、”高いレベル”では議論があることは理解しています。

店舗の譲渡について

この度、9月よりアーチェリーショップ「あちぇ屋」の事業を長年、大久保・川崎店長として営業してきた山田に譲渡します。私は今後、こちらのアーチェリー情報サイトとアーチェリー場事業の運営に専念いたします。

今後とも宜しくお願いします。

2024.9.3 山口 諒

マット・スタッツマン選手が優勝、どうする??

昨日の応援記事を書いて、朝起きたら優勝してました!! おめでとうございます。私がちょっち気にかけていた二回戦の予選三位との対決をシュートオフで制し、準決勝もシュートオフの激戦だったようです。

さて、彼のスタイルで競技する選手が増加している状況で、41歳のスタッツマン選手は次回の自国開催のロスオリンピックに選手として出場するのか、それとも、足で射る彼のスタイルの先駆者として指導者に転向するのか決めかねている状況とのことで、この金メダルは彼にとって到達点になるのか、それとも、自国開催のロスでの連覇を狙うモチベーションになるのか、彼の判断が気になるところです。現状、WAの記事だと指導者になるのかな??

Paris to be fourth and final Paralympic Games for Matt Stutzman

パラリンピック史上初の妊婦さんがメダルを獲得!

31日のCompound Women Openでパラリンピック史上初(*)、イギリスののジョディ・グリナム選手が、妊娠7ヶ月の状態の妊婦さんとして銅メダルを獲得しました。おめでとうございます。

*妊娠初期など、妊娠の自覚がなくメダルを獲得した選手はいた可能性があります。

同じスタイルでの対戦となった一回戦

WAのホームページを見ていたら、ジャッキー・チェンさんがアーチェリー会場に来て観戦したようです。スタッツマン選手は一回戦を勝利して、二回戦で予選3位の選手との対戦です。頑張ってください。

サンマリノ共和国の美しいクロスボウ競技場

https://www.instagram.com/giornatemedioevalisanmarino より

ツイッターでおそらく旅行の方が、サンマリノのきれいなクロスボウ場の写真を掲載していたので、紹介させていただきます。

サンマリノの最古い軍隊組織として、14 世紀から国防を担う存在としてクロスボウの部隊があったとのことで、現在のこの美しいクロスボウ競技場はもともと採石場だった場所で、使用されなくなったのち、1960年頃からクロスボウの練習場となり、1971年に現在の形で開発されました。

Wikimedia : EvelinaRibarova

毎年、9月3日の「サンマリノ共和国の建国記念日」に祭事として、クロスボウ競技が行われているようです。また、今年であれば、7月の26-28日の日程で「中世の日」としてイベントが開催されていて、そこでもクロスボウ競技の会場として使用されているようです。

Crossbowmen’s Quarry – Cava dei Balestrieri

Googleマップの口コミを見てみたら、冬はアイススケート場になってるぽい。ユーロが120円位になったら参加してみたいですね。

https://lerimearezzo.it/portfolio-item/palio-della-balestra

イタリア文化圏では現在でもクロスボウ競技があり、さらに写真のようにこれだけの観客を集めるだけの大規模な競技会ですが、日本でもクロスボウが事実上禁止されてしまったのは、歴史的なつながりの乏しさも一因でしょうね。

飛び道具の卑怯が難しすぎた

和泉屋市兵衛 勇魁三十六合戦

矢で死亡した武将がぜんぜん見つかりません。絵の源義仲は平安時代。江戸時代について書かれた本に良く「飛び道具は卑怯だとされた」という表現を目にします。それ以上踏み込んだ文献がなかったので、自分で調べて理解しようと思ったら、難しすぎて断念した話です。まず、江戸時代に入り、時代は平和に…

その一方で幕府は林羅山(一五八三~一六五七)その他の学者を使って、大名の関心を鉄砲からそらせるための思想宣伝もおこなっている。羅山は朱子学の大家として家康の知遇を得た人で、 秀忠、家光、家綱と四代の将軍に仕え、学問や政治上の諮問に答えている。飛道具は武士道に 反する卑怯なものだとか、鉄砲は身分いやしい足軽があつかうもので武士が手にするものではないという思想は、彼によって創始された。この思想攻勢はかなりの成功を収めたとみてよい。

奥村正二 著『火縄銃から黒船まで : 江戸時代技術史』,岩波書店,1993.7.P33

それ故に「飛び道具は卑怯なり」ということにして、武家階級の温存を図ったのであります。こうして、江戸時代の武家政権は強固にされました。

川瀬一馬 [著]『日本文化史』,講談社,1978,P230

江戸時代になって林羅山などが”飛び道具は卑怯である”とか“刀は武士の魂”、”鉄砲は足軽のもので、いやしくも武士が扱うものではない”などと主張しているが、これを裏返せば、幕府の対藩対策として諸藩が鉄砲を保有することが軍事上問題であるとする見解であり、武器としていかに有効であるかの証左に他ならないものであったといえ

第三章 中世 P.246 (書名のメモをなくしてしまい一生懸命捜索中です…)

ここで、具体的な林羅山という名前が出てくるのですが、この人は将軍四代にわたって仕えて、様々ルールを定めていったとされています。例えば、武家諸法度という武家法では、1615年、大阪の陣直後に発布したものには、その第一条に「文武弓馬ノ道」とありますが、1683年の改定で「弓馬」は削除され、「文武忠孝を励まし,礼儀を正すべき事」とされました。同時に、武士階級の中にさらに細分的な階級を設け1、明示的にその服装を「弓鉄砲の者は絹紬・布木綿の他は着てはならない(弓鉄砲之者、絹紬・布木綿之外不可着之)」とした。1615年から1683年までに弓は武士にとって最大の責務から、絹紬・布木綿しか着てはいけない階級にまで落ちたことがわかります。

「千代田之御表」 「小金原牧狩引揚ノ図」

ここまでは順調だったのですが、ここで私が超えられない壁に直面します。「卑怯」という日本語の解釈です。弓矢や鉄砲による趣味としての狩猟は、江戸時代に入ってからも、多く記録されていて、吉宗将軍(八代)も参加しています2

以上、私のたどり着いた結論は「卑怯」という言葉の当時における解釈に対する正しい理解がないとこの話は詰むです。以前に書いた記事で、ヨーロッパでは弓は神が忌み嫌う武器として…そこまで強い言葉を使うなら現代日本におけるクロウボウのように禁止されるのかと思いきゃ、そうではなく、キリスト教徒には使うなと、異教徒に対しての使用は禁止されませんでした。同様に12世紀の平治物語には、平民に武士が弓に射られることを嘆く表現があります。違う信仰、違う身分における道徳の断絶がある時代です。

予想するに林羅山の思想3も同様のものであり、多くの本が無批判に引用している武士に「飛び道具は卑怯」というほど思想のは存在せず、あくまでの一部の武士階級の特定目的の飛び道具の使用に対する忌諱にすぎなかったのではないかと思います。

ただ詳細に、当時の武士の間における卑怯論を論じることができるほどの能力は私にないので、当分の間、ここまでの理解に留まることにします。参考になる文献などご存知の方がおりましたら、コメント下さい!!

  1. 隈崎渡 著『戦国時代の武家法制』,国民社,昭和19.P.333 ↩︎
  2. 小和田哲男 著『乱世の論理 : 日本的教養の研究室町・戦国篇』,PHP研究所,1983.10. ↩︎
  3. [キョウ]穎 [著]『林羅山の思想』,[[キョウ]穎],1999. ↩︎

パリ・パラリンピック 2024 明日からです

パリ・パラリンピック、アーチェリー競技が明日から始まります。WAのホームページにいったら、まだ、最新のパラリンピックの写真が掲載されていなかったので、写真は前回の東京パラリンピックのものです。

最近、前回の東京パラリンピックの時に書いた記事が、なぜか、一番人気でダントツのアクセスが有り、まぁ、パラリンピック近いですからね…と思っていたら、そうではなく、今回のパラリンピックでも不祥事があったとのことでした。残念です。

「まさか」パラアスリートを襲った誹謗中傷、投稿者は「圧倒的格上」の日本代表だった…パラ五輪開幕直前の衝撃判決

パリパラ辞退の重定知佳 健常者と鍛錬重ねてきたのに…中傷書き込みに「まさか」

断片的な情報や一部事実と異なる情報も拡散されているようですが、今回の事象には双方に様々な背景と事情があります。

昨今の報道案件について(連盟コンプライアンス委員会) 一般社団法人日本身体障害者アーチェリー連盟

ただ、報道を見ても、何が起きたのか私としては理解できなかった上に、連盟も事実と異なる情報への注意喚起をしているので、当事者の裁判所に電話したところ、令和4年の「ワxxxxx(事件番号も個人情報の可能性あり)」という事件であることを教えていただき、東京地裁の地下で150円の収入印紙を買ってから、14階でこの事件の詳細を閲覧できるとのことなので、自分の目で事実を確かめてきます。

信長の三段撃ちとクロスボウの輪流射撃

蹶張心法1卷長鎗法選1卷單刀法選1卷 1621年

弓の研究家の皆様とツイッターで交流させていただいているのですが、今朝、信長の三段撃ちが盛り上がっていました。信長が導入したこの戦術が実際に行われていたのか、実践可能だったのかについて、議論があることはなんとなく知ってはいましたが、いつの間にか、信長が自分で考えたことになっているのにはびっくりしました。

信長が考案したといわれる「三段撃ち」は無敵の武田騎馬軍を撃破した火縄銃の撃ち方です。

所さんの目がテン 織田信長 の科学 第1204回 2013年11月24日

三段撃ちには詳しくないのですが、海外では一般的に知られている*輪流射ち(Volley fire)の歴史について、もしかして日本では歴史研究者に知られていないのではないかと思い、記事にしました。

*英語のウィキペディアに詳細の記事があることを持って一般に知られていると判断しました。

まず、三段撃ちをどのように捉えるかですが、ここでは、「一列目が射撃を行っている間に、二列目と三列目が弾込めを行うことで、連続して射撃を行うことができる」戦術・戦法であるとすると、その歴史はそもそも火縄銃の誕生より遥かに古いもので、同様に装填に時間のかかるクロスボウ(弩)による輪流撃ちが始まりです。

『漢書』は紀元前169年に「クロスボウ兵が交互に前進しては射撃し、後退しては装填する訓練」を行わっているという記述があります。これはさしずめ二段撃ちと言ったところでしょうか。ただし、フォーメーションについての情報は残されていません。

神機制敵太白陰經 759年

759年の『太白陰經』には、輪流撃ちに関する最古の描写があります。「発弩(射る兵)」と「張弩(弩をブレースする兵)」と、おそらく指示のため「鼓(楽器)」がセットになって、100人ほどの兵士が一つの部隊として運用されています。

唐の学者杜佑(735年~812年)によって書かれた『通典』には「弩は装填に時間がかかり、突撃されると1~2回しか撃てない」「(弩部隊は)矢を集中して撃てるようにチームに分けるべきである。隊列の中央にいる者は弩に矢を番え、隊列の外側にいる者は撃つ。彼らは交代で、回転する。このようにすれば、クロスボウの音が途切れることはなく、敵は私たちに危害を加えることはできない。」と書かれており、800年頃に中国の二段撃ちと呼べる弩の戦法は完成します。

しかし、宋代に書かれた『武経宗瑶』には、二段撃ちは突撃に対して弱いと書かれています。二段撃ちでは、前列が撃ち終えた時に突撃されてしまうと、後列の隊が武器の準備が不十分なまま、突撃する歩兵に対して前進しなければいけなくなるため、「発弩」と「張弩」の間にすでに完全に弩の準備を終えて、心の準備を整えて、あとは射るだけ「進弩」と追加することで、突撃に弱いタイミングをなくすことができるとして、ここに輪流三段撃ち戦法が完成します。射る兵と準備する兵が前後するだけの戦法から1000年以上経過しています。

軍器圖說 1639

1621年の蹶張心法には、より詳細に書かれており、100名を1列として3列の300名を1つの部隊として運用し、1万本の矢を射るとしています。

古代人は敵に勝利するために一万本のクロスボウを一斉に撃ちましたが、今日はそれを簡潔に説明します。300 人のクロスボウ兵がいるとします。最初の 100 人はすでに矢を装填し、すでに前方に並んでいます。彼らは「射撃用クロスボウ」と呼ばれています。次の 100 人のクロスボウ兵も矢を装填していますが、次の列に並んでおり、「前進用クロスボウ」と呼ばれています。最後に、最後の 100 人が彼らの後ろ、最後の 3 列目に並んでいます。彼らはクロスボウを装填しており、「装填用クロスボウ」と呼ばれています。最初の 100 人、つまり「射撃用クロスボウ」が射撃します。射撃が終わると彼らは後方に退き、2 番目の 100 人、つまり「前進用クロスボウ」が前方に移動し、自分たちも「射撃用クロスボウ」になります。後ろの 100 人、つまり「装填用クロスボウ」が前方に移動し、「前進用クロスボウ」になります。最初の100人が射撃を終えて後方に戻ると、彼らは「装填用クロスボウ」となる。そしてこのようにして彼らは回転し、交代で一定の流れで射撃し、クロスボウの音は絶え間なく鳴り響く

蹶張心法1卷長鎗法選1卷單刀法選1卷

武田軍の「風林火山」が中国の兵法書から引用されたように、日本は遣唐使の時代から中国の兵法書を輸入して研究していたので、信長の三段撃ちはこの戦法をクロスボウから、火縄銃の運用に転用しただけものであることは明らかです。

もちろん、そのアイデアは素晴らしいと思いますが、そもそもの三段撃ちを信長が考案したとするのは称え過ぎではないかと思う次第です。

参考文献 : 黒色火薬の時代: 中華帝国の火薬兵器興亡史 トニオ・アンドラーデ (著) *英語版読んだのでこちらの2024年6月出版の日本語訳は本当は読んでいません…

アーチェリーとスーパースロー撮影の歴史

アーチェリーとハイスピード撮影についてのコメントが来ました。それに関しては別途返信ましたが、考えてみれば、このテーマについてちゃんとした情報発信をしてこなかった責任はあるので、まとめてみることとしました。

現在では動画と写真という概念がありますが、20世紀前半には同じものでした。写真を連続で撮影して、それを連続再生したものが動画です。記録映像で見たことがあると思いますが、当時は手回し撮影機で動画(連続写真)を撮っていました。手回しなので、現在のように30fpsと設定すれば、勝手に毎秒30枚の写真を撮ってくれるわけではなく、カメラマンの技術で一定にする、この記事を書くにあたって初めて知ったのですが、そのずれを更に上映する機械も手回しだったので、カメラマンの撮影速度のブレを上映技士が補正してあげていました。そのために定まったフレーム数という概念はなく、大正時代の日本映画は約11-13fpsと約20%程度の誤差もあります1

浦上栄、海軍兵学校関係者協力、120fps

カメラに自動設定がなく、手で調節できるわけですから、スローモーションを撮るためには「高速度」でレバーを回せばよいだけなので、高速度撮影と呼ばれます。時期を特定することができませんでしたが、戦前には弓道の動作分析に海軍の120fpsの高速度撮影写真機が使用された記録があります2

機械を速く回せばいいと言っても物理的な限界があるわけで、1951年に出版された「高速度写真: その問題と限界」3によれば、当時のカメラを250fps以上で回転させるとフィルムが損傷して判読できなくなったり、場合によってはカメラ自体が文字通りバラバラに分解してしまうという問題が発生するようです。まぁ、そりゃそーだろと思いますが…。

米国映画テレビ技術者協会は1949年の会合で250fps以上4で撮影できるカメラをハイスピードカメラとして定義づけます。現在に至るまで定義は変わっていないように見えますが、今は10fps低い240fps以上のカメラをハイスピードカメラと呼ぶことが多いと思います。

当時、高速度カメラでは回転プレズムという仕組みによって250fpsを達成していたようですが、この仕組みの限界点が10000fpsで、それ以上はスーパーハイスピードカメラと呼ばれ、ストリップカメラという別の仕組みが導入されているそうですが、ここでは取り扱いません。

上記は1980年代の1000fpsの撮影に使用されたシステムです。見ての通り、カメラはちょこっとあるだけで、それに比べシステム全体は大変な大きさです5

こちらはハイスピード撮影の父と呼ばれたハロルド・エジャートンによって、1939年に撮影されたアーチェリーの連続写真です。300-500fps程度で撮影されたものと推測します。1940年前後にはすでに500fps程度の撮影機材は存在していました。しかし、1990年頃までアーチェリーにおけるハイスピードカメラの利用は屋内に限定されていました6

ここで冒頭の1986年にバイター社によって撮影された8000fpsのフィルム式ハイスピードカメラによる映像になりますが、8000fpsの場合、シャッタースピードは16000-20000程度設定する必要があります。つまりシャッターは写真1枚につき1/20000秒しか開かないので、直視できないほどの光が必要になります。これが2個前のシステムでカメラ以外の装置がたくさんある理由です。また、核爆発など高速度動画が比較的早い時期に収録されているのは、撮影対象自体に十分な明るさがあったからです。

https://www.apex106.com/monthly/202012/

2000年代のカメラ機材のデジタル化によって、ハイスピードカメラの低価格化が進むと同時に、センサの改良も進んでいきます。よく少ない光でも補助光源を使わず、センサの感度を上げることで実用的な画像を取得してくれます。上の写真はApexレンタルのブログのものですが、目では真っ暗でもISO409600(α7S III)ではこれほど明るく映ります。

オリンピック競技中に撮影のためにバイターの動画のように選手に光源を当てるわけには行かないので、センサの感度が太陽光で実用に耐えるようになった、2010年代後半にハイスピードカメラが中継でも使用されるようになります。

Paris hosts archery test event for 2024 Olympic Games

これはパリオリンピックテストイベントで撮影されたハイスピード動画(240fps)を明るさ無加工で切り出したものですが、放送で使うには暗すぎる印象です7。まぁ、問題点・不具合を見つけるためのテストイベントなので、ここから1年間の調整がされて、2024年の見事なライブ中継に繋がっていくわけです。

パリオリンピックでは選手は背(体の引手側)が南に設定されており、南側からハイスピード撮影がされているので、十分な太陽があれば、この条件では240fpsまで自然光で、違和感のないハイスピード動画が撮影できるところまで技術は進化しています。

一方で研究目的ではないアーチェリー放送の場合は16倍速スローで十分です。現在ではテレビは30fpsなので480fpsが16倍速になりますが、一般的なパソコンで60fps(60Hz)で、人間の目は240fpsまで差を感じることができので8、今後テレビが1秒あたり240フレームで表現された場合、16倍速スローは3840fpsに相当します。ここが技術の終着点です。その時代まで人間が画面視聴するのかはわかりませんが…2028年ロスオリンピックではどんな動画が見られるか楽しみですね。

  1. 入江良郎,無声映画の映写速度:日本の場合(下) ↩︎
  2. 浦上 栄 (著), 浦上 直 (著), 浦上 博子 (著),紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方,1996 ↩︎
  3. Van Oss, Willis Burton, High Speed Photography: Its Problems And Limitations, 195 ↩︎
  4. Maynard L. Sandell, “What is High Speed Photography?” Journal of the Society of Motion Picture Engineers,52:5, March 1949 ↩︎
  5. Dalton, Stephen,Caught in motion : high-speed nature photography,1982 ↩︎
  6. Harold Eugene Edgerton, James Rhyne Killian, Flash!: Seeing the Unseen by Ultra High-speed Photography,1939 ↩︎
  7. Paris hosts archery test event for 2024 Olympic Games ↩︎
  8. 肉眼を凌駕するカメラの「目」、進化止まらず イメージセンサー[ソニー、キヤノン] ↩︎