アーチェリーとハイスピード撮影についてのコメントが来ました 。それに関しては別途返信ましたが、考えてみれば、このテーマについてちゃんとした情報発信をしてこなかった責任はあるので、まとめてみることとしました。
現在では動画と写真という概念がありますが、20世紀前半には同じものでした。写真を連続で撮影して、それを連続再生したものが動画です。記録映像で見たことがあると思いますが、当時は手回し撮影機で動画(連続写真)を撮っていました。手回しなので、現在のように30fpsと設定すれば、勝手に毎秒30枚の写真を撮ってくれるわけではなく、カメラマンの技術で一定にする、この記事を書くにあたって初めて知ったのですが、そのずれを更に上映する機械も手回しだったので、カメラマンの撮影速度のブレを上映技士が補正してあげていました。そのために定まったフレーム数という概念はなく、大正時代の日本映画は約11-13fpsと約20%程度の誤差もあります1 。
浦上栄、海軍兵学校関係者協力、120fps
カメラに自動設定がなく、手で調節できるわけですから、スローモーションを撮るためには「高速度」でレバーを回せばよいだけなので、高速度撮影と呼ばれます。時期を特定することができませんでしたが、戦前には弓道の動作分析に海軍の120fpsの高速度撮影写真機が使用された記録があります2 。
機械を速く回せばいいと言っても物理的な限界があるわけで、1951年に出版された「高速度写真: その問題と限界」3 によれば、当時のカメラを250fps以上で回転させるとフィルムが損傷して判読できなくなったり、場合によってはカメラ自体が文字通りバラバラに分解してしまうという問題が発生するようです。まぁ、そりゃそーだろと思いますが…。
米国映画テレビ技術者協会 は1949年の会合で250fps以上4 で撮影できるカメラをハイスピードカメラとして定義づけます。現在に至るまで定義は変わっていないように見えますが、今は10fps低い240fps以上のカメラをハイスピードカメラと呼ぶことが多いと思います。
当時、高速度カメラでは回転プレズムという仕組みによって250fpsを達成していたようですが、この仕組みの限界点が10000fpsで、それ以上はスーパーハイスピードカメラと呼ばれ、ストリップカメラという別の仕組みが導入されているそうですが、ここでは取り扱いません。
上記は1980年代の1000fpsの撮影に使用されたシステムです。見ての通り、カメラはちょこっとあるだけで、それに比べシステム全体は大変な大きさです5 。
こちらはハイスピード撮影の父と呼ばれたハロルド・エジャートン によって、1939年に撮影されたアーチェリーの連続写真です。300-500fps程度で撮影されたものと推測します。1940年前後にはすでに500fps程度の撮影機材は存在していました。しかし、1990年頃までアーチェリーにおけるハイスピードカメラの利用は屋内に限定されていました6 。
ここで冒頭の1986年にバイター社によって撮影された8000fpsのフィルム式ハイスピードカメラによる映像になりますが、8000fpsの場合、シャッタースピードは16000-20000程度設定する必要があります。つまりシャッターは写真1枚につき1/20000秒しか開かないので、直視できないほどの光が必要になります。これが2個前のシステムでカメラ以外の装置がたくさんある理由です。また、核爆発など高速度動画が比較的早い時期に収録されているのは、撮影対象自体に十分な明るさがあったからです。
https://www.apex106.com/monthly/202012/
2000年代のカメラ機材のデジタル化によって、ハイスピードカメラの低価格化が進むと同時に、センサの改良も進んでいきます。よく少ない光でも補助光源を使わず、センサの感度を上げることで実用的な画像を取得してくれます。上の写真はApexレンタルのブログのものですが、目では真っ暗でもISO409600(α7S III)ではこれほど明るく映ります。
オリンピック競技中に撮影のためにバイターの動画のように選手に光源を当てるわけには行かないので、センサの感度が太陽光で実用に耐えるようになった、2010年代後半にハイスピードカメラが中継でも使用されるようになります。
Paris hosts archery test event for 2024 Olympic Games
これはパリオリンピックテストイベントで撮影されたハイスピード動画(240fps)を明るさ無加工で切り出したものですが、放送で使うには暗すぎる印象です7 。まぁ、問題点・不具合を見つけるためのテストイベントなので、ここから1年間の調整がされて、2024年の見事なライブ中継に繋がっていくわけです。
パリオリンピックでは選手は背(体の引手側)が南に設定されており、南側からハイスピード撮影がされているので、十分な太陽があれば、この条件では240fpsまで自然光で、違和感のないハイスピード動画が撮影できるところまで技術は進化しています。
一方で研究目的ではないアーチェリー放送の場合は16倍速スローで十分です。現在ではテレビは30fpsなので480fpsが16倍速になりますが、一般的なパソコンで60fps(60Hz)で、人間の目は240fpsまで差を感じることができので8 、今後テレビが1秒あたり240フレームで表現された場合、16倍速スローは3840fpsに相当します。ここが技術の終着点です。その時代まで人間が画面視聴するのかはわかりませんが…2028年ロスオリンピックではどんな動画が見られるか楽しみですね。