スペイン・サンタンデールのMMBC ARCHERYを訪問してきました。MMBCは会社名で、傘下に世界最大の弦ブランド”STRING FLEX”と、新素材を採用する事を得意とするFLEX ARCHERYがあります。以降、統一してFLEXとします。
入口はアロープラーで飾り付けられています。このアロープラーは特製のもので、製造するアロープラーの素材の色を変えるときに、前の色の素材と新しく入れた色の素材が混ざった出荷できない製品を再利用しているそうです。
入口のスペース。アーチェリー製品の製造を開始したのは、20年ほど前ですが、その前はアーチェリーのプロショップを営業しており、完全に製造業に転向したのは2009年。その時の名残のショップスペースだそうです。
会社のトロフィールーム。写真中央は社長のマリアさん。スペインチャンピオンだった時のメダルです。1970~80年代にスペインでトップにいた名選手です。英語がしゃべれないのであまり交流ができませんでした…写真下が通訳・技術者のグレゴリオさんです。持っているのは、アメリカの長期研修で取得したUSA ARCHERYのレベル4のコーチング資格です。外国人(連盟に所属していない人)が取得できる最上位のコーチング資格だそうです。
社長のマリアさん、エンジニアのグレゴリオさんともにアーチェリー歴40年近くで、1970年代~80年代にスペインのトップとして活躍し、80年代~90年代にプロショップ兼協会役員(大きな試合のプロデュースなど)として活躍し、90年後半から、アーチェリー用品の製造に転向し、大きく成長して来たので、最近では製造業に専念し、プロショップも閉じてしまいました。ちなみに、スペインには20店舗ほどのプロショップがあるそうです。
弊社でも立ち上げ中なので、参考にするためにテストルームを見学しました。写真は使用している設備の数々で、上は4000コマ/秒のハイスピードカメラ、下は最近、原糸の評価精度を上げるために導入した0.001mm(1µm)単位で太さを測定できるセンサ。
上の動画でどのように原糸を評価しているかわかると思います。テストを行っていない弦は品質が安定しません。同じBCYの素材を使った弦でも、完成度に違いが出るのは、入荷した素材をそのまま使うか、どこまでチェックしてから使うかの差です。
まず、メーカー(BCYやブローネル)から、原糸が1ポンドごとのスプールと呼ばれる単位で入荷してきます。ちなみに、FLEXでは、月に100~200ポンドの原材料を使用しています。単純計算で月に10,000~20,000本は弦を製造しています。
入荷したすべてのスプールは、250kgの力でストレッチされ、原糸の状態を確認します。それぞれのスプールごとに、出来の良いものと悪いものがあり、悪いものをはじきます。残ったスプールは、許容範囲内にある誤差をバーコードで管理し、製造時に誤差を機械で補正します。
動画の2番目の映像では、弦をストレッチし、その後の変化を見ています。伸ばした時の変位があっても、弦を製造するときに伸ばせばいいだけなので問題ありません。問題はいったんテンションをかけて伸ばしても、元に戻すと縮もうとするものです。この場合、競技で使用するときも250kg(550ポンド)ほどの力はかからないものの、発射時に弦は伸ばされ、逆に矢取り時に弦が縮み、元に戻ったりして、ハイトが安定してくれません。
長さが安定しない弦は競技では使用すべきではありません。動画を見ていただくとわかると思いますが、ストレッチを止めて戻すと、上に動く弦が存在するかと思います。これは弦が元に戻ろうと縮んでいるからです。このような弦はハイトが安定せず、競技では使用できません。また、FLEXでは上位モデルは出荷時にストレッチをかけて、弦の状態を安定させていますが、この処理を行ってもこの弦は安定しません。
この場合、FLEXでは製造後、写真のような状態で2日間”熟成”させます。それによって、弦の状態が安定し、その状態で初めて、長さを測定してパッキングすることで、誤差を押さえています。
次に、弦ではなく、ダンパーやアロープラーを製造しているFLEX ARCHERYの方に移動です。こちらが商品のテストルームです。後ろの角紙の向かって4,000コマ/秒のハイスピードカメラを設置して、動画を撮りながら、3枚目のシューティングレンジで開発された商品の研究などをしています。
ここまでが、研究施設と倉庫になります。次に、工場に移動です。工場は大型の機械などが稼働していて、騒音もあるので、オフィス・研究棟とは離れています。
近くの海はかなり荒れていましたが…よく見たら、サーファーがたくさん…すごい根性です。
工場の中に入ると…あまり写真を撮れませんが、この方が現在アロープラーの中でもかなり強いグリップ力を持つフレックスプラー2.0を作り続けて○○年のアントニオさんです。金型に部品を入れて樹脂を注入して作るというやり方で、見ている大体1分で3個というペースでひたすらフレックスプラーを作っています。
こんな感じで、作っています。ちなみに工場をあまり知らない方向けに解説しますと、先端企業のハイテク工場は違いますが、一般的にアーチェリーメーカーの工場というのは、今日はハンドルの赤を作る日、明日はスタビライザーのオレンジを作る日、明後日はリムのMサイズを作る日というように、スケジュールを決めて、その間は同じものしか作りません。
なので、オーダーが入った順に作っていくレストラン等とは違い、早くしたオーダーした方が早く作ってもらえるとは限りません。なかなか、納期の見積もりは難しいです。
スペインでは日が昇るのが遅く、FLEXは9時半から業務を開始し、11時半からたっぷり2時間もの昼休み。いわく、「私たちは機械ではないからね~」との事。そのかわり終業は遅く、夕飯は9時から、就寝は1時~3時が一般的のようです。町でもほとんどのレストランは8時半~9時オープンです。
写真はNimesの2013で発表されたばかりの新商品のスペインの闘牛士の帽子をイメージした「モンテラ」ダンパーです。現在絶賛製造中。
エンジニアのグレゴリオの話の中で最も興味深かったのは、人材採用の話で、この業界での競争力は「素材」しかないとおっしゃっていました。
3Dプリンタなどの進歩をもとにした「メーカーズ」という運動の中で、だれでもモノを作ることができる時代はすぐにでもやってきます。しかし、今でも2Dのプリンタで簡単に印刷物を製造できますが、良いものを作るときには、やはり印刷屋・印刷のプロに相談しています。何を相談するかというと、素材です(インクは何を使うべきか、紙はどの種類の何グラムのものを使えばいいか)。
アーチェリーの世界でも、500~1,000ロッド単位で、OEMで何でも作れる時代が来ているし、最初の記事で紹介したように、Specialtyからは30~40万円で構築できる弦を作るマシンが発表されました。この時に、FLEXのような専業メーカーの強さは何といっても、素材を吟味する力、素材に対する知識なのだと思います。
原糸に関していえば、同じ原糸でもスプール間でこれほどの違いがあったというのは、知りませんでした。原糸は何種類もありますが、基本的にメーカー(例えば、BCYに材料を収めているメーカーDSM)が作っている原材料は1種類だけです。それをBCYのような繊維メーカーが機械で編んだり・加工したりして、いろんな種類の原糸が製造されます。その時に誤差が生じます。
特に多くの原糸は色付けにワックスを使用しています。このワックスが曲者で、色によって重さが違います。例えば、白と青で、商品はすべて1ポンド=いくらという風に納品されます。弊社でもホームユースように、より小さな1/4ポンドで販売していますが、”色もの”はワックスの分重くなっているので、1ポンドから作ることができる弦の量が、白と青ではだいぶ違います…逆にFLEXでは重さではなく、弦1本いくらで売っているので…白の弦を買ってくれると、うれしいようです。
また、世界中の各国と取引する中での各国のスクール(国の嗜好)については、簡単に書くと同じFF+なら、韓国は44~46ポンドを引くのが当たり前の世界ですから、主に販売しているのは、18-20本弦。このレベルの弦になると、かなり矢速が落ちますが、元々ポンドがあるので、何よりも、弦が安定する事を重視して、韓国のアーチャーは弦を選びます。
次に、イタリアのアーチャーは矢速をとにかく重視するようで、注文するときに一番気にするのは、弦の重さ。負担の少ない軽い弦が最上の弦として扱われるので、イタリア向けには軽い弦を開発して販売しているそうです。
同じような方向ですが、フランスでは細い弦が好まれ、よくFLEXには10本弦という注文が来るそうです。ダイニーマでも12~20までは試したことがありますが…10本弦というのはさすがに…現在の原糸のレベルであれば、10本弦でも破損すことはないのですが、ノックがフィットしないので、サービングを0.24などで巻く必要があり、その分弦は重くなります。
結果的にはそれほど矢速は向上しないのですが、とにかく太い弦というのはフランス人の好みに合わないそうです。理由を聞くのは野暮です。フランスは競技アーチャーの10倍も20倍も趣味のアーチャーがいる国なので、いちいち技術的な裏付けをインタビューしていたら、たぶん嫌われるか…細かい野郎だなと思われてしまいます。
ちなみに、日本で弊社で販売しているのは14~18本弦。10~12のフランスよりは太く、18-20の韓国よりは細く、FLEXいわく、メーカーのマニュアルに従ったよい選択とのこと。
こういった話はさすがだと思います。例えば、矢速の評価や弓の性能評価はある程度知識と熱意があれば、できますが、スプール間の違いを評価、国によるスクールの違い、彼らが持つノウハウは最大のメーカーとして月に100ポンド以上の素材を扱ってこそ分かるものです。ものすごく勉強になりました。
製造を中国に丸投げして、オフィスだけをヨーロッパに構えるメーカーも増えてきました。自ら製造しない”メーカー”について、別に批判するつもりはないし、人気のあるメーカーもあります。ただ、自社に商品で使用する素材についてのノウハウ蓄積していくのか、その部分で競争力を持てるかが、長期的に成長できるメーカーとなれるかどうかの違いかと思います。
だれでもモノ作りができるようになった時代では、どう作るのかではなく、何を使って作るのかが重要になっていくように思います。その点において、弦とプラスチック・ゴムの素材をきっちりと吟味する力を持つFLEXの競争力は当分続いていくと思います。
山口 諒
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