この記事は2023年2月16日に書かれたものです。最新の情報とは異なる可能性があります。ご注意ください。

アーチェリー、洋弓、弓術- 歴史編.1

射覚 13(11), 大日本射覚院, 1938-11

アーチェリーの歴史を書こうとする時、まず考えなければいけないのはアーチェリーって何なのかという話です。英語の「Archery」は弓術を意味していて、英語のウィキペディアによれば「歴史的に、アーチェリーは狩猟と戦闘に使用されてきました。現代では、主に競技スポーツや余暇活動です。」とされています。弓術の歴史を書こうとするなら、自分にはその資格も能力もありません。これから書いていくのは日本語のアーチェリーの歴史です。

現在、日本ではアーチェリーは弓術ではなく、洋弓と翻訳されることがあります。アーチェリーが弓術として日本に紹介されたのは大正時代ですが、言葉としてのArcheryはもっと昔から知られており、アメリカ人によって書かれた初の和英辞書では「射(しゃ、いる)」と翻訳されていました。しかし、さすがに適切な訳ではなかったため、昭和2年に出版された「欧米体育史」では、Archeryを弓術、Huntingを狩射的と翻訳されるようになり、定着します。

弓道辭典(ア之部) 道鎭實,『弓道講座』第四卷,雄山閣,昭和12.

戦前は主にイギリスから伝わったアーチェリーは弓術として、アメリカを通じて日本に紹介されたアーチェリーは区別のため米国式弓術と呼ばれるようになります。

1930年代の弓道の雑誌(*)を見てみると、メリーランド州のアーチェリークラブは弓術部として訳されていて、試合形式は「米国式」コロンビアラウンド40ヤード、「米国式」スコアリングといった表記が見られます。この時点では日本に紹介されたのは、洋弓(西洋の弓術)というふわっとしたものではなく、米国式弓術であると正しく認識されていたことが伺えます。

*大円光15(1)1939年、大日本弓道15(11)1940年でも同様の表記

しかし、戦後の1947年には日本洋弓会が設立されます。ここに突如、洋弓という言葉が現れるのです。言葉の変化はこの間にあります。1952年の「洋弓を語る(菅重藏)」という記事では、いささか言葉がごちゃまぜになっています。Archeryを弓道/洋弓/弓とは別々に使用していて、細かく分析してみると、Archery Club=弓道会、American Archery(米国式弓術)を洋弓、それ以外のArchery(インディアンの弓術など)を弓と使い分けているようです。

米国式弓術という正しい戦前の表現が言い換えられた理由は記録に残っていないものの、敵性語であったためと考えています。英語を勉強するときにお世話になっている「旺文社」は「欧文社」という社名でしたが、「欧」は敵の言葉であるため(ヨーロッパにも同盟国いたような…まぁ)、社名が変更されました。言葉が近いところでは、「東和女学校」が「東和女学校」に名称を変更しています。「英」はだめだが、「洋」は見逃されていたようです。

敵性語は法律等で禁止された法的根拠のものではなく、対米英戦争に向かうなかで高まっていくナショナリズムに押されて民間団体や町内会などから自然発生的に生まれた社会運動である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B5%E6%80%A7%E8%AA%9E

このような状況である以上、「諸説あり」との括弧付きになるのでしょうが、戦前に弓術や米国式弓術として日本に紹介されたArcheryは、「米国式」が敵性語であることから戦時中に洋弓という言葉に言い換えられたとしか考えられないでしょう。

*常識的に考えればアメリカのアーチェリークラブでロングボウに出会った菅氏が、日本にそれを持ち帰ったときに、「これが西洋の弓である」「洋弓である」なんて大風呂敷を広げるわけもなく、「米国にこんな弓がありまして」くらいで紹介したでしょう。

近年、Archeryは洋弓ではないという事が徐々に知られ、アーチェリーと訳されるようになります。日本洋弓会は1956年に日本アーチェリー協会に改称されます。

以上により、ここでのアーチェリーの歴史は弓術の歴史ではなく、いかにして、洋弓(英国式弓術)とされたものが誕生し、それがアメリカにわたって米国式弓術となり、現在のアーチェリー(洋弓)となったのかというお話になります。


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Ryo

(株)JPアーチェリー代表。担当業務はアーチェリー用品の仕入れ。リカーブ競技歴13年、コンパウンド競技歴5年、2021年よりターゲットベアボウに転向。リカーブとコンパウンドで全日本ターゲットに何度か出場、最高成績は2位(準優勝)。次はベアボウでの出場を目指す。

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