シンプルな新システム | パリオリンピック 2024 アーチェリー競技

このオリンピックから新しい表示システム…と言ってもめちゃ原始的ですが(笑)

確認した限りでは、「競技中のトップ」「世界記録保持者」「世界チャンピオン」「現世界ランキング1位」の4つの表示がされているようです。理論上、4つの表示すべてを背後に背負って競技することも可能ですので、今後の完璧なトップの象徴になるかもしれませんね。

コストもほぼ掛からないし、シンプルでわかりやすいので、今後日本で導入しても面白いのではないでしょうか?

WAが配信しているオリンピックのニュースでは韓国オリンピックチームの男子全員と女子代表の一部で3Dプリンタ製の個人に最適化されたカスタムグリップを使用しているという記事が道具屋としては興味深かったです。

Olympics: Getting the edge with 3D printed grips

競技場の評判もよいですし、そのとおり、ランキングラウンドでも世界記録も更新されたので、いい試合が期待できそうです。今日は開会式、明日は会場が他競技によって使用されるので、28日からトーナメント開始です。


パリオリンピック 2024 アーチェリー競技 中継予定

WAのホームページを見ると、7月19日から選手たちは現地入りしているようですが、昨日から競技が始まりました。今回は、アーチェリー競技に関する中継放送は基本的にTVerという、動画放送サイトが担当するようです。

テレビ放送は28日の団体男子1回戦がNHKで放送されるだけのようです。

TVer | アーチェリー競技

決勝ラウンドはすべて中継され、時間帯も夜なので、観戦しやすいではないかと思います。

オープンスタンスがもう主流ではない??


【2024最新】運動時の水分補給について

最初の記事は2017年に書きましたが、一部、最新の知識によって不適切であるものがありましたので、内容を更新します。

夏の練習で、よく水分補給をしてと言われますが、スポーツ栄養学での「水分補給とは何か」についてる考えたことはありますか?

水分補給とは何か。当然ですが、水分を飲むことではなく、水分を体内に取り入れることです。簡単に言えば、摂取した水分量から、排尿された分を引いた量が、水分補給された量となります。多めに水を飲んでも、全部おしっこになってしまったら意味がないということです。

*https://www.acefitness.org/education-and-resources/professional/prosource/april-2016/5855/the-newest-index-on-the-block-the-hydration-indexより引用

そこで、科学的な実験によって、数値化されているBHI(Beverage Hydration Index = 飲料水分補給指数)という値があります。このグラフでは水の飲料水分補給指数を1とした場合に、それぞれの飲み物にどれだけ水分補給能力があるのかを示しています。数値が高いほど、能力が高いということです。

ただ、この数値には正しい理解が必要です。私は以前、医者が監修した産経新聞の「アルコールはなぜ水分補給にならない」という記事を引用しましたが、この記事は間違っています。BHIはあくまでも水を1としたときの比較をしているに過ぎず、コーヒーやアルコールが1を割っているからと言って、入ってくる水分より、出でいく水分が多くなるわけではありません。

現在では、コーヒーでも水分補給の手段として適切とされています(4杯程度=カフェイン約300mg=エナジードリンク2-3本分)1コーヒーの利尿効果はほとんどは、すでに膀胱にある水分に影響に与えるだけのようです(利尿効果の仕組みは解明されていない)。また、運動中にはカフェインの利尿効果が抑制され、むしろ運動のパフォーマンスを向上させる効果が期待されます2運動開始の1時間前に、体重1kgあたり3-6mmのカフェインを摂取することが目安となります3

また、真夏の運動中、スポーツドリンク等、ミネラルである電解質を補給することは大切ですが、必要量には相当な個人差があります。上の図は506人のアスリート(成人367人、青少年139人、男性404人、女性102人)で計測された汗に含まれるナトリウムの濃度ですが、人によって4-5倍濃度に個人差があることがわかると思います4。そのため、同じ2Lの汗をかいたとしても、失われている電解質の量は人にかなり違い、自分にあった量の補給をすることが大切です

最後に、私はあまりならないのですが、筋肉の痙攣(筋肉がつる)に対して、酢、シナモン、カプサイシン、ショウガを含む液体に回復効果があることが報告されています5。アメリカの報告なので…ピクルスジュースがよいと書かれていますが…そんな物が日本で売っているの見たことないので、より身近な唐辛子や生姜の利用が現実的かなと思います。

以上、ここ10年ほどの新しい知識のアップデートでした。

運動用のピクルスジュース本当にアメリカに売ってた…すげぇ。

  1. Killer SC, Blannin AK, Jeukendrup AE. No evidence of dehydration with moderate daily coffee intake: a counterbalanced cross-over study in a free-living population. PLoS One. 2014 ↩︎
  2. Zhang Y, Coca A, Casa DJ, Antonio J, Green JM, Bishop PA. Caffeine and diuresis during rest and exercise: A meta-analysis. J Sci Med Sport. 2015 ↩︎
  3. Ganio, Matthew & Klau, Jennifer & Casa, Douglas & Armstrong, Lawrence & Maresh, Carl. (2008). Effect of Caffeine on Sport-Specific Endurance Performance: A Systematic Review. Journal of strength and conditioning research / National Strength & Conditioning Association. 23. ↩︎
  4. Baker LB, Barnes KA, Anderson ML, Passe DH, Stofan JR. Normative data for regional sweat sodium concentration and whole-body sweating rate in athletes. J Sports Sci. 2016; ↩︎
  5. Miller KC, McDermott BP, Yeargin SW, Fiol A, Schwellnus MP. An Evidence-Based Review of the Pathophysiology, Treatment, and Prevention of Exercise-Associated Muscle Cramps. J Athl Train. 2022 ↩︎

世界最古の檠(ゆだめ)

http://news.jznews.com.cn/system/2023/03/17/030035603.shtml

前の記事で中国の檠(ゆだめ)について触れたので、中国で最近発掘されたおそらく世界最古の弓のジグについて少し。他にも檠は発掘されていると思いますが、ただの棒なので、弓が隣でセットで発掘されない限り、檠として考古学者によって分類されるのは絶望的だと思います。

*ネット記事で構成しています。詳細は秦俑坑出土弓弩“檠”新探という論文にあると考えていますが、一般人が利用できる国内の図書館になく、読めてはいません。東大にはあるらしいが…

東京大学東洋文化研究所

東京大学にお邪魔して、該当の論文を複写させていただきました。ありがとうございます。

この時代(2200年前)の弓以外のアクセサリーが発掘、または、正しく解釈されることは本当に珍しいのですが、兵馬俑1号坑の前回の発掘では、銅の棒が出土しています1。復元後の写真の弦の内側に見えるもので、長さは50cm・直径0.3cmの銅の棒で、保管時(クロスボウは基本ブレースしたままで保管する)の弦の伸び・リムの変形を抑え、発射時のリムへの負担を抑えるという役割をするものです。

そして、今回の第三次発掘(20092)では、写真のように完璧な位置で檠(檠木)3が発掘され、トップ写真のようにリムの形状の整えるものであるとして発表されました。長さ40cm、直径3cmで穴が3つ空いている木片です。弓から2mでも離れていたら正しく解釈される可能性は絶望的ではないかと思います。

Artist Archeryより

よく考えれば、金属が非常に高価であった時代に現代のようなジグでクランプを大量に使用して固定することなど出来ないので、木と糸による固定でリムを形成していたのでしょう。檠で形成するとは書かれていても、具体的にどのようなやり方で、というのは記録等残っていませんでした。古代の弓づくりを理解するための貴重な資料だと思います。

青阳弓箭より

その後、清(300年前)の時代には「弓挪子」というものが使用されるようになります4が、このジグの構造は単純ですが、これを使用するためには材料のサイズを確実に一定にする必要があるので、材料の供給・加工技術が高度化してから清よりはもう少し前なのかと思います。

  1. 秦始皇兵马俑博物馆 [编],秦始皇陵铜车马修复报告,1998 ↩︎
  2. 李洛旻,《荀子》「接人則用抴」解詁及其禮學意涵,《中國文化研究所學報》第68期,2019, ↩︎
  3. 秦俑坑出土弓弩“檠”新探 ↩︎
  4. https://www.bilibili.com/video/BV1cJ4m1A7ex/ ↩︎

アーチェリー指導とスポーツ科学

交流するために何名かの弓・弓術・弓道の研究家の方とツイッター(X)で繋がっていて、定期的に確認しているのですが、朝起きたら、こんな投稿がピックアップされて私のところに表示されてきました。

弓道界隈の人口を考えると投稿から半日で1.4万表示は結構盛り上がっているのではないでしょうか。この記事の中身ですが、ポイントとしては、

指導者としての技術レベルが低い人が多いというわけではありません。技術そのものがないのです。江戸時代ならまだしも、解剖学、運動学、数学・物理学が存在しない

医師から見て弓道の指導は終わっている 抜粋

書いている方はアーチェリーと弓道を両方経験している方のようですが、正直そこまで言わなくてもと思う反面、指導される側がもう「江戸時代じゃないんだから」と、現在科学をベースとした指導を希望する気持ちも理解は出来ます。

何年か前に母校のバイオメカニクスの教授の方に連絡して、アーチェリーをバイオメカニクスの視点から研究したいと相談しましたが、「それは難しすぎて現実的ではない」と言われました。そこから、分野の論文を読み漁っているのですが、今では教授の方の言葉はよく理解できます。科学はまだアーチェリーを語るレベルに来ていないのです。おそらく弓道も同様でしょう。

人体は驚くほど複雑な事を簡単にこなします。現在、ある程度わかっているのは単純な筋肉・腱・骨と栄養補給くらいかなと思います。アーチェリーで言えば、適切な栄養補給と、いかにしてポンドアップして、400-500本練習できるからだを作るか、46ポンドの弓が無理なく引けるようになるか程度で、どうしたら上達するかはほぼわかりません。

アーチェリーは複雑な動作です。角度・速度・リリースポイントの解析が必要である点では、「投げる」運動と重複する点が多く、野球・バスケットボールはアーチェリーと比べ物にならないほどの大きな市場で、大量の指導者が存在していますが、それらの人員・資金があっても、正確に投げるために何が重要かわかっただけの段階にすぎません。

現在、プロプリオセプション(proprioception = 固有感覚)が投げる動作の(リリースポイントの)正確性に関わる大切な要因であるとされています。

プロプリオセプション(固有受容感覚)は、スポーツ科学において重要な役割を果たす身体感覚システムです。筋肉、腱、関節からの情報を統合し、身体の位置や動きを無意識的に把握する能力を指します。これにより、アスリートは正確な動作制御や姿勢維持が可能となります。特に高速で複雑な動きを要するスポーツでは、プロプリオセプションが適切なタイミングと力加減を可能にし、パフォーマンス向上に寄与します。

AI(CLAUDE 3.5 SONNET)による要約

簡単に言えば、足元を見なくても、足の小指をタンスにぶつけないで歩ける能力ですが、これが加齢とともに低下すること、病気・事故によって低下した時にある程度回復させるためのリハビリ方法の研究が進んでいる程度で、アスリートとして、いかにこれを向上させるか、科学的な方法は発表もされていもいません。

野球・バスケットボールの投げるは難しすぎます。腕で投げるだけではなく、身体自体の重心移動を伴い、下半身も動作に関与します。科学というのは積み上げですので、まずは(変数の少ない)簡単な動作を研究しようとなります。研究が進んでいる分野の一つにダーツがあります。同じ投げる動作であっても、(厳密には無視できないかもしれませんが)下半身を使わず、ほぼ肘から先だけを使い、片手だけで投げ、体の重心移動はなく、風の影響がない屋内で行い、最も重要なポイントは、実験をするための熟練者が存在します。単純化した投げ動作をみんなにやらせて実験しても比較対象群が存在しません。一方、ダーツにはプロ選手が存在していて、素人とプロの比較が容易です(*)。

*当初私は偉い運動学の先生がなぜこぞってダーツ?? と思ってました、無知は怖い。

80年代に投げるスピードと正確性にはトレードオフの関係がある(speed-accuracy-trade-off)ことがわかってきます1。この説明としては、正しくリリースするためのポイントがあると定義したとき、投げるスピードが速いということは、そのポイントを手が通過する時間も速い2ので、正しくダースをリリースするための許容時間(Time in Success Zone: TSZ)が短くなるというものでした。

ダーツ研究をたくさん紹介しても仕方ないので、最近の研究としては、この発展として、プロ選手でも、そのタイミングをピタッと合わせる戦略を取りに行く作戦(B)と、タイミングのばらつきを手の動きによって補正することで、的中のための許容時間を倍に伸ばす作戦(A)の2つが存在しているというものです3

おそらく、この作戦の違いの後者は、経験則で知られているように、タイミングを逃しすなどのミスをした時に、最後まで矢の動きに影響を与えることのできる押し手の動きによって、それをリカバリーしようとする動きに関連付けることができると思いますが、ダーツという変数が5つ程度しかない運動に対して、アーチェリーは変数が10以上は存在するので、解明が進むのはまだまだ先だと考えます。

アーチェリーの動作の前に存在していたとされる投石・投槍(全身動作としての投げ)、その動きの単純化のダース投げの研究がやっと解明された時くらいです。もっと科学的な指導、科学的な裏付けという、被指導側のニーズはよく理解は出来ますが、もうしばらくお待ち下さい。

  1. Gross, J.B. and Gill, D.L. (1982) Competition and instructional set effects on the speed and accuracy of a throwing task. Res. Quart., 53(2): 125-132. ↩︎
  2. 桜井伸二,高槻先歩, 投げる科学,大修館書店,1992 ↩︎
  3. 那須 大毅, 松尾 知之, 投げの正確性に関わる上肢キネマティクス:ダーツ熟練者にみられる異なる方略間の比較, 体育学研究, ↩︎

狩猟に使われたローコスト・クロスボウ

Annual report of the Board of Regents of the Smithsonian Institution 1936.P439

クロスボウについては特に専門ではありませんが、原始的な狩猟用に使われているクロスボウに関する情報が少なかったので、まとめて記事にしました。クロスボウの起源は(地域としての)中国のあたりで、紀元前7世紀頃とされていますが、記録に残っている物、出土しているものはほとんどが武器・副葬品として製作されたもので、贅沢に高価に金属が使用されています。

ナイジェリア、ベナンの戦士によって使用されていた物(裏返し)
The Trustees of the British Museum. Asset number 1613686494
The Origin Of West African Crossbows

では、庶民が狩猟に使用していた「低価格」なクロスボウはどんなものだったかというと、原材料は木と糸…ほぼセルフボウですね。引いた弦を上の溝に入れて固定し、発射時にはピンで下から弦を押し上げて発射するという至ってシンプルな構造になっています。狩猟具は武器や副葬品と違い、作りはシンプルで、金属も使われていないために、古いものが出土することはほぼないのですが、現在でも西アフリカやアジア、20世紀前半のノルウェー(捕鯨のためなので多分もう使ってない)とネイティブアメリカンによって使用されています。

見ての通り、ストロークが短いので、強い矢を発射することは出来ず、西アフリカでは4-5m(15フィート)の距離で小型動物か毒矢との組み合わせで使用されました1。伝播としてはアジア島しょ部へは直接中国から、またはベトナムを通してと考えられており、東アフリカにはクロスボウ文化がことから、ヨーロッパからは陸伝いではなく、船によって14-15世紀にクロスボウが、航路的にヨーロッパに近い西アフリカに伝わったと考えられています2

また、ベナン地域には独自の伝説が存在し、

ベナンの伝承では、普通の弓を発明したオバ・エウアレの治世に生きたベナンの神格化された英雄の一人、イシのアケ・オブ・イロビ(Ake of Ilobi)がクロスボウの考案者でもあるとされている。

https://www.britishmuseum.org/collection/object/E_Af1940-22-2

とされていますが、専門家の間ではアフリカ土着の発明品ではないとする学者が多数派のようです3

山陰中央新報より

もちろん、日本でもクロスボウ(弩)は使用され、近年出土していますが、いずれも、金属製のトリガーで使用するタイプのもので、庶民が使うような低価格クロスボウはまだ発見されていません。上の記事、専門家がクロウボウを復元してその性能実験を行っていますが、もう違法な研究になってしまったのでしょうか。これから日本における弩の研究はどうするんですかね。残念です。

  1. Paul Belloni Du Chaillu, Explorations & Adventures in Equatorial Africa ↩︎
  2. Henry Balfour,The Origin Of West African Crossbows,1911 ↩︎
  3. Newsletter of the African-American Archaeology Network,Number 16, Spring-Summer 1996 ↩︎

NHKの番組制作が変わったようで

久しぶりにNHKを見たら思い出しました。先日まで心の何処かで考古学って適当な学問だなという印象があったのですが、小さいときのテレビの影響でした。

写真は1992年のNHKスペシャルです。始まって19分半のところで、何の説明もなく、ナレーションがいきなり、「この漢字の上は目である」「下は蚕である」「だからこの漢字は王を表しているのである」と言い切り、前後には専門家のインタビュー・引用もなく、エンドロールには監修者の名前すらない。

上が目なのはまだわかるとして、下は本当に蚕なのか? どのようにロジックで蚕だとするのか、一切説明はなく、それは誰の説なのかだけでもわかれば、調べようはありますが、何の説明もない。テレビが適当なのは当然だとしても、関係する学者の人も抗議しないなんて、適当な学問だなと思った記憶が蘇りました。

いま、読んでいる本・論文の多くで弓矢(投射技術)によって、人類(ホモ・サピエンス)はネアンデルタール人との競争に勝ったとされていますが、どれほど定説になっているのかを知りたく、契約しているU-NEXTで2019年に同じNHKスペシャルとして制作された「人類誕生」を見たら、投射技術による競争優位が取り上げられていたので、世間的にも一般的な説になっているのを確認できたと言っていいかなと。

プラス、真面目に番組が制作されていることにびっくりしました。まずはナレーションから入りますが、そこでは「と考えられています」「新しい証拠が発見され」「従来の説と異なり」と、紹介する説を正しいと断定しません。その後、専門家が登場し、自分で自分の説を語り、あくまでも一学説を解説しているという姿勢です。

その後はこの学説に関する論文を表示バックグラウンドに表示されて、そのいくつかの内容を詳細に紹介していきます。当然、論文の文字が見える大きさではありませんが、少しは知識があれば、これらの論文にたどり着くのは難しくないです。

私の子供の頃は「蚕である」とナレーターが根拠も示さずに決めつけていた番組が、

・説の一つに過ぎないという提示

・誰の説かわかるように提示

・関係論文の提示

これだけやってくれれば、昔のように私が「それは蚕に見えない」と思ったとしても、何を根拠として、誰が主張しているのか、調べてればわかります。NHKさんの今のスタイルのほうが私は好きです。


そろそろパリオリンピック2024かな

worldarcheryより

7月25日からパリオリンピック2024(アーチェリー競技)が始まりますね。最近はお硬い記事ばかりでしたが、パリオリンピックは追っていこうと思います。パリとは時差があまりないので、リアルタイムで試合を、夕方、仕事が終わったら、試合始まるくらいのスケジュール感かなと思います。

と、気がついたら、WA世界ランキングがサンリダ世界ランキングになっていてびっくりです。最近のサンリダ製品のレビューしてないっすね。にしても、大躍進してますね。

オリンピック関連で最近読んだ”「わざ」を忘れた日本柔道”という本が非常に興味深かったし、一方で著者はどんな立場で書いているんだろうなと思いました。武道とはなにかを問いかけると同時に、もう聞き飽きた海外のせいという立場ではなく、

柔道のスポーツ化と呼ばれる現象は、ルールや制度の改正という脱伝統にあるのではなく、武道の理想的な動きの喪失にあるのではないか。それは、海外柔道からの文化的侵食ではなく、日本柔道の内なる変容ではないか。日本柔道は、武術・武芸から受け継いてきた理想的な動きをオリンピックスポーツの中に昇華しているのか、摩耗させてしまったのか

有山篤利,「わざ」を忘れた日本柔道 P.270(要約)

として、日本選手の変化を海外柔道の侵食や多数決によるルール改正に求めるのではなく、日本柔道自身の変化にあるのではないかと問いかけます。その仮説のもとに調査をして、

柔の理軽視群は競技として柔道を実践しているものが多く、勝つための稽古している。柔の重視群は愛好家として柔道を実践しているものが多く、極めるために稽古している

有山篤利,「わざ」を忘れた日本柔道 P.271(要約)

と結論付けています。より詳細はこの本を買っていただくか、著者の「柔道の動きのスポーツ化と柔道実践者の実態」という公開されている論文にも同様の主張があるので、そちらをご確認ください。

柔道の「動き」のスポーツ化と柔道実践者の実態: 「柔の理」への認識に焦点をあてて

主張はよく分かるし、愛好家は皆自腹でスポーツをしているわけですから、勝つための稽古などせずとも、スポーツを、道を極めていただきたいのです。私も東京代表だった時がありましたが、多少の自己負担はあったとても、トップアスリートの多くは国民(都民)の税金を頂いて、競技をさせていただくわけですので、愛好家のような勝ちを目指さない姿勢がどこまで許容されるのかは非常に難しい問題だと思います。

政府に遠征費の国庫補助を申請しましたが、スポーツが国民全般の支持を受けるに至っていないことを理由に認められなかったため、役員たちが維持金(年会費)や寄付金集めに奔走し、ようやく2万円を調達し、残りは出発後に調達して送金することとなりました。

大日本体育協会編『大日本体育協会史 上巻』大日本体育協会,昭11-12【722-53】

著者は本の中で嘉納治五郎(初期1909年の国際オリンピック委員)の言葉を引用していますが、当時は税金負担はなく、全額自己負担、負担できない選手は募金を募って参加する時代でした。その時代の国際オリンピック委員の言葉には大いに時代性があると私は思います。

では、当然のように(全額ではないにしても)税金負担によって派遣される今、日本代表選手には何が求められているのでしょうか。この本の中で、そこまで踏み込んだ議論があればよかったと思う次第です。ちなみに、スポーツ海外派遣の税金負担は日本選手が初めてメダルを獲得した翌年から始まったようで、国が選手に何を求めているのかは明らかかなと。

日本代表の皆様がんばってくださいね!


墨絵弾弓 正倉院の引かない弓  

八幡一郎 編著『弾談義』より

【修正】白川様より連絡いただき、呉越春秋の日本語訳の一部を変更しました。

正倉院の宝物庫にある墨絵弾弓(すみえのだんきゅう)というものがあります。この「弓」についてはあまり知られていないようなので、今回は弾弓についてです。最初にすごく簡単に説明すると、弾弓は土を固めた玉とか、丸い石を飛ばすための弓のことです。

https://yushu.or.jp/

正倉院の墨絵弾弓の弾弓はあまり知られていないと書きましたが、「墨絵」の方は有名で、何度も特別展などで展示されていて、人気で切手にまでなっています。弓であることが全くわからない切り抜きをされていますが…。墨絵弾弓は弓であるというよりも、その書かれている墨絵に興味を持たれていて、書かれているのは最古のサーカス(散楽)です。この絵は「演劇風俗史上逸することの出来ない重要なもの1」とされています。

「正倉院の弓」と書きましたが、この弓が日本で製造されたのかは不明です。絵は中国甘粛省の壁画にあるものと近似していて2中国のものであるのは間違いないのですが、弓の特徴は日本の弓に近い特徴を持っています。そのため、2020年時点での公式見解は、中国・唐または奈良時代(8世紀)となっています。

考古学者による研究の弓の引き込み量がでたらめと書きましたが、と、同時に、この論文では出土した「弓」を扱っているに過ぎないのに、無意識にそれが弓矢であると大前提で考えています。

インド高原の未開人 : パーリア族調査の記録

正倉院の弓は8世紀とされています。この時代まで、日本には弾弓はありました。である以上、少なくとも8世紀以前の弓は「矢」を射つものであると精査せずに定義することは出来ないはずです。論文では15cmしか引けない事を、矢が射てないとして、実験結果として拒否する態度を取っていますが、しかし、15cmは弾弓として十分な性能です。

最初に弾弓の説明を簡単にしましたが、弓矢は投槍器(やりを投げる)の延長上に誕生したとされています。一方で、弾弓はもうお分かりのように、投石(石を投げる)の延長にあります。

弩は弓より生じ、弓は弾より生じ、弾は古の孝子に始まったと聞いております | 臣聞弩生於弓,弓生於彈,彈起古之孝子。

呉越春秋勾踐陰謀外伝第九

2000年前に書かれた「呉越春秋」では、弾弓から弓矢が、弓矢から弩(クロスボウ)が生まれたとしていて、まぁ、弓矢の誕生には「弓」と「矢」が必要ですが、世界最古の武器(?)である石はどこにでもあるので、「弓」だけで弾弓は成立するわけですから、弓矢より先にあったと言われても納得はできるでしょう。一応、続きとしては、

昔は、人民は質朴で、腹が減れば鳥獣を食べ、喉が渇けば霧露を飲み、死ねば白茅で包み、野に投じられました。孝子は、父母が禽獣に食べられるのに忍びず、ゆえに弾を作ってこれを守り、鳥獣の害を絶やしました。ゆえに歌に「竹を断ち、木に属し、土を飛ばし、害を逐う」というのは、このことをいうのです。ここにおいて、神農・黄帝は木に弦を張り弧を作り、木を削って矢を作り、弧矢の利点は四方を威圧しました。黄帝の後、楚には弧父がいました。弧父は、楚の荊山に生まれ、生まれて父母がなく、子供の時、弓矢を習い、射て外すことはありませんでした。その道を羿に伝え、羿は逄蒙に伝え、逄蒙は楚の琴氏に伝えましたが、琴氏は弓矢は天下を威服するのに足りないと思いました。この時、諸侯は互いに撃ち合い、兵刃は交錯し、弓矢の威力では征服することはできませんでした。琴氏はそこで弓を横にし臂に付け、引き金を設けて、これに力を加え、そののち諸侯を征服することができました。

白川祐, 呉越春秋勾踐陰謀外伝第九 日本語訳 https://haou.shirakawayou.com/page-614/

弾弓は鳥を射るものの道具で、孝子(親孝行な子)はこれを用いて、両親の屍に群がってくる鳥を根絶やしにしたとしています。鳥に用いたことは、現在も弾弓を使用する民族の記録からも確かめることが出来ます。

The Flute and the Arrow 1957

(弾弓は)弦の両端に小さな横木を取り付けて弦を2つに分け、2本の弦の中央部を布で連結しておく。そして、この布の部分に小石をはさんで引き絞り、飛ばす弓だ。これだと、矢で射たのでは肉が飛んでしまう小鳥などの小動物を猟るのに適している。

佐々木高明 著『インド高原の未開人 : パーリア族調査の記録』,古今書院,1968.P109

弓矢も道具として手に入れた後でも、弾弓が実用的なもので、弓矢に取って代わらなかった理由としては、上記のように、オリンピックポイント(シャフトと同口径)ではなく、大きな鏃で小動物・小鳥を射てしまうと、食べることが飛んでいってしまって、食に適さないからだとしています。

実際の弾弓の引き方、利用の仕方はThe Flute and the Arrow 1957(邦題 ジャングル・サガ)で確認できます。現在のユーチューブにアップされているものでは、16:30あたりからです。

The Flute and the Arrow 1957(邦題 ジャングル・サガ)

【追記】

考古学において、石が武器として研究されないのは、槍や矢などの武器のように刺す武器と違い、骨に使用した痕跡を残さないためだと考えます。

  1. 岡田譲 編著『正倉院の宝物』,社会思想研究会出版部,1959. ↩︎
  2. 奈良国立博物館編,正倉院展,2020, ↩︎

税金のせいで台無し? 武器の進化と退化の学際的研究 弓矢編

トップの写真は研究の失敗の原因と思われる国からの交付金(税金)による研究のために行われた研究成果の公開展示の様子です。復元弓が完璧な姿で展示されています。

前に複合弓が奈良時代の終わりごろ、8世紀に日本で誕生していたと書きましたが、調べていくと、初期のコンポジットボウ(複合弓)はそれまでのセフルボウよりも性能が低かったという研究が存在するようです。それがこの記事で扱う「武器の進化と退化の学際的研究 : 弓矢編」です。性能が低かったといってもいろいろな観点があるので、どの視点で比較しているのかなと論文を読んでみたら…この共同研究したのは立派な学者さんたちですが、内容がとんでもないデタラメでした。毎回と思うのですが、なぜ弓の研究なのに弓の専門家を入れないで「学際的研究(多数の専門分野を跨ぐ)」と命名していながら、同じ分野の研究者メンバーを固めるのでしょうか。不思議です。

まずはこの報告書のメインとなっている「復元弓の工学実験」という研究について説明しますと、いろいろな時代の弓が見つかっていますが、貴重な文化財なのでその弓を引いて性能を調べるわけにはいかないので、同じ形状・材質でレプリカ(復元弓)を作成して、復元弓で実験を行って、どんな弓で、どのような性質を持つのかを研究しようという、テーマ自体はとても立派なものであります。

ここまでは良かったのですが、実際に復元弓で実験を行うと3号は少し引いただけで折れてしまったのです。ここから歯車が狂っていきます。その後、折れないように10-15cmしか引かないで、実験が進んでいきます。復元弓に関しては多様なデータを取ることが求められるので、弓を破壊しないで研究することは当然大事なのですが、すべてのデータを取得した後、その弓はどれだけ引けるのか(引いたら壊れるのか)を知ることも大切です。

科研費(税金)を使った研究は当然報告を求められます。最終段階で(レプリカに過ぎない)試料を研究のためには全部破壊しても問題ないと思いますが、(私の想像の域を超えませんが)最後に復元弓をきれいな状態で展示発表をするために、弓を壊す可能性のある実験はしなかったのでしょう。

それによって研究結果がでたらめになっていきます。復元弓1について見ると、有限要素解析というシミュレーションを行って、理論値は15.8cmが限界であるとしたうえで、10cmしか引きませんでした。

その上で、現代の成人男性が使う和弓が20キロと定義し、この弓を20キロ引いたときの初速を計算して、このグラフだと48cmくらい引いた時に初速189km/hです…実験で10cmしか引いておらず、その時点ですでに折れそうで、シミュレーションでは約16cmで破壊される弓を48cm引いたときの初速をこの弓の性能としているのです。しかも、試算してみたwwwならともかく、このデータを結論に使ってしまいます

コンポジットボウである弓(復元弓11号)は129km/hであり、復元弓1(189km)よりも遅く、当初の予想と違う結果でびっくりと結論付けています。そして、この結果が他の研究において、先行研究として参照され、初期のコンポジットボウはセルフボウに比べて遅かったという説が増えていきます。いや、弓1は189km出ないって…!

この図は比較論としては使えるのか悩んでいるところですが、5年前の最新のコンパウンドボウで弓の効率性はやっと90%を達成しています。最新のリカーブボウでも80-85%であるのに対して、初期の木と竹を張り合わせただけのコンポジットボウがいきなり効率性90%を達成することはありえないでしょう…ただ、コンポジットボウの効率性が一番高いという点では、数値は全部間違っていても、全部割合だけ間違っているなら、これらの弓の効率性の比較として論じることに使用することはできるのかもしれませんね。

せっかく税金を投入したのだから、研究の最後にすべての復元弓を壊れるまで引いて、その値の90-95%程度をその弓の性能(初速)とすれば、その結果はすごく有用な数字であったのに…残念です。展示するのそんなに大事かな?