矢の速度と再加速の計算

5月に更新された新型AIではもう十分にアーチェリー業務で実用的なレベルにあるという記事を書いてからは結構利用させていただいています。先日、歴史学で弓についての研究(?)というか研究の中で、矢の威力を扱っているものを読みましたが、計算がぜんぜん違うよな…となりまして、具体的には矢と銃弾を混同していて、銃弾は基本的にほぼ真っすぐ飛び、長距離になると下に落ちていきますが、矢は高さの到達点から落ちていきながら、位置エネルギーによって再加速されるのです。

質問をするために自分で矢の威力を計算したいとなりましたが、運動方程式が難しすぎるので、AIに任せてみました。AI(Copilot Pro)は自分では計算できないようです。よく考えれば、LLM(大規模言語モデル)ですので、計算はしないか。計算するためのコードは書いてくれるので、自分で計算することにしました。

計算するに当たり、初期設定としては初速などが当然必要ですが、この数値の中で、空気抵抗係数だけがわからないのですが、ここも勉強してみたら難しそうだったので、調べたら直径7mm・20gのイーストンシャフトで測定した論文がありました。

こちらの論文では空気抵抗係数は1.94ということになっていましたのでこの数字を使って1、計算すると、一発で結果が出ました。

60m/sで40度で打ち出した場合、到達距離は237m、129m時点で最高高度に到達して59m。そこからは59mからものを落とすと加速するのと同じ理由で、最高点での33m/sから、的中までに7m/s(22%)、40m/sまで加速します。Copilotありがとう。考古学や歴史学で弓の威力について書かれる場合に、矢が再加速する性質を持っていることが無視される傾向にあると思います。

  1. H. O. Meyer, Applications of Physics to Archery, 2015 ↩︎
使用コード(Google Colab)
import math
import csv

# 初期設定
v0 = 60.0  # 初速度 (m/s)
angle = 40.0  # 発射角度 (度)
mass = 0.02  # 矢の重さ (kg)
Cd = 1.9  # 空気抵抗係数
rho = 1.225  # 空気の密度 (kg/m^3)
A = 0.000036  # 矢の断面積 (m^2)
g = 9.81  # 重力加速度 (m/s^2)
time_interval = 0.01  # 時間間隔 (s)
total_time = 10  # 計算する総時間 (s)


# 角度をラジアンに変換
angle_rad = math.radians(angle)

# 水平方向と垂直方向の初速度成分
v0x = v0 * math.cos(angle_rad)
v0y = v0 * math.sin(angle_rad)

# 速度と位置の初期値
vx = v0x
vy = v0y
x = 0
y = 0

# 結果を保存するリスト
trajectory_data = []

# 時間経過に伴う位置と速度の計算
for t in range(int(total_time / time_interval)):
    # 空気抵抗力
    Fd = 0.5 * Cd * rho * (vx**2 + vy**2) * A
    # 空気抵抗による加速度
    ax = -Fd / mass * (vx / math.sqrt(vx**2 + vy**2))
    ay = -Fd / mass * (vy / math.sqrt(vx**2 + vy**2))
    
    # 重力の影響を加えた垂直方向の加速度
    ay -= g
    
    # 速度の更新
    vx += ax * time_interval
    vy += ay * time_interval
    
    # 位置の更新
    x += vx * time_interval
    y += vy * time_interval
    
    # 現在の速度
    velocity = math.sqrt(vx**2 + vy**2)
    
    # 地面に達したら計算終了
    if y <= 0:
        break
    
    # 結果をリストに追加
    trajectory_data.append((t * time_interval, x, y, vx, vy, velocity))

# CSVファイルに保存
with open('trajectory_with_drag_and_velocity.csv', 'w', newline='') as file:
    writer = csv.writer(file)
    # ヘッダーを書き込む
    writer.writerow(['Time (s)', 'X Position (m)', 'Y Position (m)', 'X Velocity (m/s)', 'Y Velocity (m/s)', 'Total Velocity (m/s)'])
    # データを書き込む
    writer.writerows(trajectory_data)

print('CSVファイルに軌道と速度のデータが保存されました。')

取り扱い商品の縮小に伴うキャンセルについて

引き続く円安に対して、5月の後半に取り扱い商品の削減を開始しました。それに伴うキャンセル・返金に関して、店舗より昨日時点で、確認取れていない事項があり完了していない2件を除き、連絡を取っている7名で完了しているか、返金日の案内が終わっているとの報告を受けましたが、5月に電話番号を変更して、先日もお客様からとあるページでは前の電話番号がまだ連絡になっているとお叱りを受けましたので、私の更新ミスにより、連絡がとれていないお客様がいましたら、お手数ですが、もう一度連絡をお願いします。

川崎店 jpakawasaki@gmail.com new 070-8527-3390

山口 諒

*5月後半よりの返金に関しては受付順で処理していますご理解ください。

**まだ前の連絡先になっているページを発見していただいた際にはコメントにリンクを張ってくだされば、早急に更新します。


考古学にごめんなさい

マイナビ進学より

考古学と聞いてどんなイメージでしょうか。私はまさに上記のようなイメージで、発掘されたものを分類して、分析して、保管して、資料にまとめる、まぁ、文系+体育会系の体力(*)のお勉強だと思っていました。

*ただ最近映像を見ると学者自身ではなく若者を動員しているようです

現在では、1983年から発掘調査が行われているシブドゥ洞窟(Sibudu Cave)で発見された7万年以上前の矢じりなどが最古のものとされています。弓と矢は10万年以上前から使用されていると”推測”されているので、考古学における「最古の弓の記録」はさらに更新されていくのでしょう。

弓術はいつ誕生したのか – 歴史編. 2

そのために呑気にこんな馬鹿な文書を書いてしまいましたが、反省です。現在、先史時代(文字がない時代)の弓についてもう少し理解を深めようと思っています。

Multidisciplinary Approaches to the Study
of Stone Age Weaponry

私の理解は2000年代に出版された本のレベルにしかないので、最新のものを探してみたら、2011年にドイツで行われたワークショップ「石器時代の兵器研究」をまとめた本を見つけました。もちろん、これでも13年前なので最新とは言えませんが、日本の研究者も参加していますし、ここをスタートにしていろいろ読んでいます。

投げる手の上腕骨後屈角度

そこで最新の考古学に触れ反省しています。想像していたものと全く違うレベルでの議論がなされています。例えば、いつ頃から物を投げていた(遠距離投射武器)かの時期の特定のために、スポーツ医学での上腕骨後屈角度の非対称性研究という研究を、発掘された化石の標本と比較して、「野球肘」のような状態が後期旧石器時代の中期から見られることから、この時代には物を投げていたと推測するわけです1

*関係ないがUpper(アッパー) Paleolithic demonstrateが後期旧石器時代なのは納得いかない…お前は前期だろ。

(解像度を下げる処理をしています)

または、尖った石が遺跡から発見された時、それが槍の先についていたのか、矢の先についていたのかを目で見て判断することは主観に過ぎないので、「尖った石がどのスピードで動物に当たると、(矢or槍の先端は)どのように損傷するのか」を研究することで2、発見された尖った石についた傷から、どちらの用途で使用されたものであるのかを特定しています。うん…全然教授先生が「こうだ!」と叫ぶ世界ではなく、しっかりとした科学でした。ごめんなさい。マイナビ進学さん…これ文系か??

ということで、私はもっと古いものが見つかれば、弓の歴史はどんどん長くなると考えていましたが、これより前の人類は物を投げていなかったという研究も十分に可能でした。現状、8万年前が限界値で、①8万年前のアフリカ、②5万年前にアフリカから進出した人類、③5万年~4万年前のアフリカ・近東・ヨーロッパ地域の3つの説3が有力とされているようです。

いつかは10万年とか言って申し訳ない。勉強します。

  1. Jill A. Rhodes, Steven E. Churchill, Throwing in the Middle and Upper Paleolithic: inferences from an analysis of humeral retroversion, 2006 ↩︎
  2. Multidisciplinary Approaches to the Study of Stone Age Weaponry, 2016 ↩︎
  3. John J. Shea, The origins of lithic projectile point technology: evidence from Africa, the Levant, and Europe, 2005 ↩︎

射法の分類についての研究たち

アーチェリー場の開拓がほぼ終わり、現在は安全対策でまだ不十分な点があるので、危ないことしない知り合いに限定してオープンしています。5月まだ終わっていませんが、5月の売上は5000円ほどになりそうです。流行るものでもないと思うので、このペースで良いのかなと思っています。

20本くらいいた、来年はツイッターでお知らせします

2年前にアーチェリーの歴史に関して簡単にまとめてみました。他の記事と違い、今でも、新しい情報があれば追記したり、書き直したりしてメンテナンスをしていますが、モースの射法の分類について翻訳したので、今年の後半は射法の歴史について取り組んでみたいと思っています。

まず、この記事は射法の分類研究の現在の状況についてまとめました。

1885年の「古代と現代のリリース 射法について」でモースは壁画・彫刻・絵画などから、リリースをおおよそ3つのタイプに分類しました。発表されたのは学会誌だったので、著書の最後には「もっと情報を私に送ってください」とあります。37年後の1922年に、彼はその間にさらに収集した情報をもとに「ADDITIONAL NOTES ON ARROW RELEASE(矢のリリースに関する補足説明)」を発表します。しかし、人類学者のモースの関心は射法とはなにかにあったわけではなく、彼はひたすら、リリースについての資料収集に注力しました。

アメリカ先住民の研究中心に行っていたクラーク・ウィスラー(Wissler Clark)は1926年の著書1の中で、モースの研究と自身の資料を元にこれらの射法の分布を示しました。

そのうえで射法の分布地域に連続性があると定義して北極を中心とした地図に示すと、モンゴル式(C)を中心として、A→B→Cという順序が存在するのではないかと示唆します。彼もモース同様「埋もれているものがたくさんある、それらを手の構造と心理学の見地から考察すれば、より深い洞察が得られるだろう」と最後に研究は続くとしています。

1927年にアルフレッド・L・クローバー2は地域連続性ではなく、同じような射法が確認されている地域を線でつなぐことで、射法はそれぞれにいくつかの地域でそれぞれ独自に発生したのではないかという説を発表する。

これらの研究者はいずれも著名な学者であり、クローバーは文化人類学の教科書を書いたほどの人なのですが、しかし、私でも論破できそうなほど出来が悪いのです。一般的に偉い学者が間違っていて、何者でもない私の方が正しいことなんて起こる確率は非常に低いですが、時代を考えれば、同時期には今では権威となったノーベル賞すら間違っている説に与えられていました。ウィキに書かれている言い訳を引用すると、

今日、フィビゲルのノーベル賞が誤りだったと結論するのは簡単だが、歴史的に見て妥当ではない。その時代においては、一般的な知識に基づいた正当なものである。1920年から1930年の間の癌研究の状況を分析すれば、なぜフィビゲルが受賞したのかを理解するのは難しいことではない。フィビゲルは誤ったが、時間だけがそれを指摘することを可能にした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%93%E3%82%B2%E3%83%AB

おっしゃるとおりだと思います。以前にマックス・エーンスについてのコタツ記事を書きました。2024年、そこの出ている情報はすべてネット上で収集可能ですが、100年前なら、まずドイツ語の原著の入手だけでも莫大な費用と時間を要したのでしょう。調査をするための環境が違いすぎます。

当時の人類学の評価について調べてみると「ドイツやオーストリアの民族学で発展した伝播主義が日本の研究者、特にスポーツ人類学者に与えた影響力は大きく、20世紀の前半にかけて次第に注目されるようになった。しかし、最近は欧米でも民族学者・人類学者からの伝播主義への関心は薄らいできた。」3とあり、上記の研究は今ではもう古いと考えられているようです(古いと間違っているは違う)

Neolithic archers. Rock painting from Cueva del Roure, Morella, Spain (Beltra´n 1982).

1960年代にビンフォードが「人類学としての考古学」という論文を発表して、人類学と考古学が接近していきます。「いろいろなプロセスがなぜ生じたのかを客観的・科学的に説明することを重視し、そのための研究法を開発した」4とされています。

射法の分類について言えば、それらが見られた地域をマッピングして、地中海式・モンゴル式という文化論を語るのではなく、なぜその地域にその射法が誕生したのか・どう使われたのかを説明する研究が求められていて、上記の3名の偉大な人類学者はいずれもアーチャーではありませんでした。射法の「リリース」という部分のみを抜き出して分類をしたわけですが、射法そのもの自体が一つの「プロセス」であり、正しく分類するためには射法を熟知している必要があると思うわけです。

1920年代で射法についての研究が更新されず、新しい研究手法を取り入れられずに今日に至る理由もここにあるのではないかと思います。

  1. Clark Wissler, The Relation of Nature to Man in Aboriginal America, 1926 ↩︎
  2. Kroeber, A. L. , ARROW RELEASE DISTRIBUTIONS: University of California Publications in American Archaeology and Ethnology, Volume 23. Number 4. ↩︎
  3. 岸野 雄三,総説 人類学とスポーツ–スポーツ人類学とは何か,スポーツ人類學研究,200 ↩︎
  4. プロセス考古学 [Process Archaeology] - イミダス ↩︎

プロの翻訳家とは 飛び道具の人類史

自分も翻訳していますが、お金をいただく仕事ではないので、理解できなければ、理解できるまで考えて翻訳しています。誤字脱字は結構ありますが、自分の書いている日本語は少なくとも理解できています。逆にプロの翻訳家はお金をいただき納期もあるので、わからないことをわからないまま、わからない日本語を作り出すのでしょうか。残念です(*)。

*もともとの英語を読んでいないので著者が意味不明なことを書いている可能性も否定しませんが、翻訳者が意味不明であることに気づくはずで、著者と相談して解決すべきでしょう。

素材の弾性が一定であれば、弓の力は以下に述べる二本の線で囲まれた部分の面積に比例する。一本の線は弦を張っていないときに弓が描く線であり、もう一本の線は矢を射る位置まで弓を引いたときに弦が描く線である。この面積が大きければ大きいほど、矢の速度が大きくなる。

飛び道具の人類史: 火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで P114 紀伊國屋書店 

電車の中で読んでいたが何度読み返しても意味がわからない。ので、家に帰ってからイラストにしてみた。この前後では単一素材のロングボウの話なので、ブレース前のシンプルなロングボウの線がA、フルドローのときの弦の線がBです…交わりません。面積の定義ができません。弦の線BをAに向かって伸ばして行けば、面積にすることもできますが、それが弓の力として定義できるのかわかりません。

詰んだ。この文だけを確認するために原著(6000円)を買うのも…プロの翻訳者さんもう少し頑張ってください。


敗者のアーチェリー – 歴史編. 10

第一回全米選手権(Willは会長の弟)

(更新 2024.5.23 南北戦争後の状況の追加)

古くからアメリカ大陸では先住民によって弓は使用されてきましたが、これらについてはここでは扱いません。アメリカという国は1776年にフィラデルフィアで独立宣言がされ、1783年に国として独立します。その独立宣言がなされフィラデルフィアで1828年に最初のアーチェリークラブが結成されます。

クラブ創設者の一人であるティティアン・ピール(日本語のwikiがあるほど有名人みたい)は結成のきっかけを「 1825年、ロッキー山脈への遠征から戻った後、屋外での運動不足を感じ、ビリヤードやボウリングを嫌った数人の友人は、朝食前のアーチェリーと散歩を選ぶことになった。健康的な娯楽には、体系的な組織が必要であることがすぐにわかった。イギリスのアーチャーの本を何冊(*)か読んで、彼らのモデルと経験に基づいて1828年の春、6人の若者がクラブとして一緒に活動することに同意した」と語り、フィラデルフィア・ユナイテッド・ボウマンは「アーチェリーは、古代の最も遠い時代から行われてきたものであり、近代においては、有用で礼儀正しい競技であり、その実践は、健康とレクリエーションに資する活発で有益な運動であると考えられてきた」と宣言し、1840年代の真剣なスポーツというよりは、その全時代の社交的フィットネスとしてアーチェリーが行われていたようです。競技形式としては、主催者(キャプテン)の判断で、120ヤード~60ヤードの間に設定され、通常は80ヤードでした。的は直径40インチで、3射14エンドでの競技を行うものでした。まぁ、1820年代以前の競技形式が定まっていないイギリスのアーチェリー本を参考にしたんなら、そうなるでしょうし、ここまでアメリカのアーチェリーはイギリスと違いません。このクラブは1888年に解散します。ここからアメリカ独自のアーチェリーが誕生します。

*1824年のA Treatise on Archeryをベースとした(SPALDING’S ATHLETIC LIBRARY 1910ED)

フィラデルフィアはアメリカの東海岸北部の都市ですが、アメリカのアーチェリーブームは南部におこります。直接のきっかけは1877年と1878年にモーリス・トンプソン氏の「アーチェリーの魔力」という雑誌の連載記事が話題となり、弓でのハンティングが人気となます。その背景として、南北戦争後の再建期に旧連合国(南軍)地域で、解放奴隷を保護等を名目に、次々に銃の所持が禁止されてしまったことにあります(*)。そのために、19世紀末の先進国であるかも関わらず、ハンティングは弓を使用しなければいけない珍しい状況に追い込まれます。ちみなにこの時、取り上げられた銃は戊辰戦争で使用されたと言われています(**)。

*1870 Va. Acts 510, An Act to Amend and Re-enact Section 7, Chapter 195 of the Code of 1860, with Regard to Carrying Concealed Weapons, ch. 349, § 7 [as codified in Virginia Code, tit. 54 (1873)]、1869-1870 Tenn. Pub. Acts, 2d. Sess., An Act to Preserve the Peace and Prevent Homicide, ch. 13, § 1.、LeBaron Bradford Prince, The General Laws of New Mexico: Including All the Unrepealed General Laws from the Prorugation of the “Kearney Code” in 1846, to the End of the Legislative Session of 1880, with Supplement, Including the Session of 1882 Page 312-313, Image 312-313 (1882) Available at The Making of Modern Law: Primary Sources.、1867 Colo. Sess. Laws 229, Criminal Code, § 149.

**布施 将夫, 1860年代後半の日米間における武器移転をめぐって, 国際言語文化学会日本学研究, 2023

彼は弓による狩猟こそが魅力的なスポーツであると説きます。

現在では、銃による狩猟が流行しているが、健康的で楽しいものとして推奨することはできません。300から700発の散弾を鳥めがけて投げつけるのはスポーツではありません。逆に弓で武装した私たちが鳥に近づくのは難しい。しかし、私たちが成功する可能性が低いことが、このスポーツをより魅力的なものにする。

アーチェリーの魔力

見事な論点ずらしで、弓による狩猟を敗者に与えられたペナルティではなく、むしろ銃に狩猟よりも魅力的なものであるとしています。きっとディベートも強かったのでしょうし、実際に彼は弁護士でした。

もう一点は、この本で彼はアーチェリーの起源であるロングボウについて

イングランド人は軍事における民主主義ほど、国民を強固にするものはないことを知っていた。そこでロングボウを富める者も貧しい者も、貴族も農民も同じ武器とし、この時からロングボウは急速に普及し、長年の練習によって、イギリスのヨーマン(自営農民)は戦闘において世界の恐怖となるまでになった。ロングボウは、貴族と平民、王と紳士(esquire)に共通の森やフィールドスポーツの道具となった。

同上

と書き、アーチェリーは民主主義的、誰でも楽しめるスポーツであると紹介しました。これまでの歴史編を読んでいただいた方はわかるように、1878年当時であっても、イギリスでアーチェリーは決して大衆スポーツであったわけではなく、15-16世紀からイギリス貴族に加えて、17-19世紀前半に加わったジェントリー(地主)、そして19世紀中頃に流入する資本家の間でのスポーツでしたが、アメリカには大衆スポーツとして紹介されます。私はアメリカ人ともアーチェリービジネスをしていますが、彼らがアーチェリーを貴族のスポーツと考えていると感じたことはありません。

弓を構えるデモ隊の参加者、香港(AP)

アメリカでアーチェリーは南北戦争に敗れた元南軍兵士たちの弓であり、近代ではベトナム戦争に敗れたランボーの弓でもあります。アメリカ文化のアーチェリーには独自のニュアンスがあるように感じます。ロビン・フッドやウィリアム・テルの時代には、敵も同じ弓や剣であり、技量で勝利できますが、銃火器が導入された19世紀後半以降のアーチャーは、破れずとも、勝つことはないのです。「たゆたえども沈まず」と言ったところでしょうか。まぁ、スノッブアーチェリーよりはこちらが個人的に好きです。

それはさておき、記事が掲載された2年後にNAA(現在のUSAアーチェリー)が設立され、著者が初代代表となります。1889年にシカゴで初めての全米選手権が開催され、基本的にはイギリス同様ヨークラウンドを取り入れましたが、アメリカのアーチェリー競技の歴史が短い(熟練していない)ために100ヤードは難しいという理由により、ヨークより短距離のアメリカンラウンド・コロンビアラウンドも独自に導入されますが、ヨークラウンドより価値があったわけではありません。

参考

Robert B. Davidson, History of the United Bowmen of Philadelphia: (Organized A.D. 1828)., 1888

Maxson, L. W. (Louis William), Spalding official archery guide, 1910

Maurice and Will H. Thompson, How to train in Archery Being a complete study of the York Round, 1879

Mark Anthony Frassetto, The Law and Politics of Firearms Regulation in Reconstruction Texas, 4 Tex. A&M L. Rev. 95 (2016).


ヤマハの技術をちょっとだけ

資料を漁っていたらヤマハのアーチェリー製造に関する技術資料をちょっとだけ発見。メモです。まとめると、

・アーチェリーのハンドルにはWPC(ウッド・プラスチック・コンビネーション)材を使用してい、その接着にはレゾルシノール樹脂系接着剤を用いる

・アーチェリーリムにはカエデ/マトアを木心材としてもちいて、心材同士はレゾルシノール樹脂系接着剤で接着、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)やGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)をエポキシ接着剤で接着し、その上からFRP(繊維強化プラスチック)をウレタン系接着剤で接着する。リムチップなどにはABS樹脂を用いる

・衝撃が強く場所には厚さ0.2mm程度のSBR(スチレンブタジェンゴム)を介在させて緩和する

・圧締にはエアーバック方式を採用して、ねじれを最小限にする

の4点がポイントかと思います。素材に関しては特に新しい知識はないですが、3種類もの接着剤を使い分けていたこと、圧締に空気を使うのは面白いアイデアだなと思います。以上、90年代前半のヤマハのアーチェリー用品製造に関するメモでした。使うタイミングが来るのかはわかりませんが、一応共有として。


AIにアーチェリーはもうイケます

昨年の3月にAIの実用性をテストしてみました。GPT3.5だったと思います。あれからだった一年、今は結構な頻度でAI(Copilot)を使っていて、1年前の記事を更新させていただきます。上の画面が2024年の5月にホイットアーチェリーのホームページを開いた状態でAIに答えさせたチューニング方法のやり方です。概ね正しいと思います。詳細さに欠けますが、右下の「もっと詳しく教えて」を押すと、より詳細なな情報が提供され、今を称賛し、過去を否定するわけではありませんが、私が学生時代に渡された一体いつ書かれたのかわからない部秘伝のチューニング書よりは信用性は高いと考えます。

下記はお話にならない去年の回答。Copilotというサービスですが、中身は同じGPTなので、1年間でこれほど進歩するとは驚くばかりです。これは無料のサービスです。課金モデルのあるらしいので、もしかしたら有料AIでは完璧な答えがすでにできるレベルかも知れません。

私はもうホイットのチューニング方法を調べたりはしませんが、今勉強している狩猟魔術(Hunting Magic)について聞いても、典拠付きで情報を整理してくれます。たった1年でこれか…しかも無料。すごすぎます。一般的な質問を人間に聞く時代が終わりますね。


弓術はいつ誕生したのか – 歴史編. 2

Cave of Archers(エジプトにある紀元前4300年から3500年に書かれた壁画)

更新: 2024.05.12

弓術の前には弓と矢が必要なわけですが、それがいつ誕生したのかは考古学者さんたちの素晴らしい仕事によって変化しています。1964年に出版されたアーチェリーガイドブックでは、スペイン半島の1万数千年前の壁画が最古の史実とされています。その後にも多くの発見があり、現在では、1983年から発掘調査が行われているシブドゥ洞窟(Sibudu Cave)で発見された7万年以上前の矢じりなどが最古のものとされています。弓と矢は10万年以上前から使用されていると”推測”されているので、考古学における「最古の弓の記録」はさらに更新されていくのでしょう。

さらには我々の祖先が生き残ったのは弓の技術(complex projectile technology)のためであるとする論文もあります。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの競合関係において投射技術が、狩猟なとで優位性を生み、わたしたちの祖先が生き残ったという説です。

いつ、弓が誕生したのかについては考古学者の皆様に任せるとして、なぜ弓が誕生したのかを語ることは可能でしょう。矢の前身である槍は25万年前に生まれたとされています。槍は投げられたでしょう。その後、より殺傷力を増した投槍器(atlatl)が誕生します。

https://en.wikipedia.org/wiki/Spear-thrower

現代の投げやりを見ていてもわかるように、槍を投げるのは手からでも、投槍器からでも、非常に大きなモーションを必要とします。マンモスや熊には有効でも、臆病な動物に気づかれずに発射することは不可能です。このモーションの大きさを補う道具として弓が生み出されました。初期のピンチ型の一番の特徴はそのモーションの小ささです。

しかし、弓と矢がありそれを引けば弓術であるとは流石に言えないでしょう。ある程度にはまとまりを持つ技術体系でなければ弓術とはなり得ないと考えています。

今回の一連の記事はいろいろな分野の研究結果を統合したもので、多くの研究は読んでいて納得でしたが、日本の文献の多くが「弓と矢があれば弓術は発生した」と議論もせず決めつけているのには違和感しかありませんが、このパートは自分でもさらに研究しなければいけないと思っています。

では弓術はいつ誕生したのか。人間板挟みになると屁理屈をこねるようになるもので、実利と神意の板挟みになった中世ヨーロッパには正戦論なるものがあり、その到達点は「勝った戦いは正しい戦い」でした。同様にフリィピン諸島のイフガオ族は「獲物に当たるかどうかは神の意志と魔力によるものであり練習はせず、調子を保つ努力もしない」と報告されています。

弓と矢があり、それによって狩猟が行われていたこと、それ始まりが約10万年前ほどであることはわかっているのですが、19世紀にニーチェが神を殺すまで、「的に当てるため(獲物を得るため)に弓の練習し、上達し、それを子孫に語りつこう」という考えが一般的だったとはいえません。10万年前のとある日、獲物を外して帰った後のアーチャーは弓の練習ではなく神に祈るほうが一般的だったのではないかと思います。ここに弓術は存在しないでしょう。

The Amenhotep II stela at Karnak Temple (ルクソール所蔵)の1929年の写し

これは的あて競技として最古の史料である紀元前1429年頃のメソポタミア文明(エジプト)の石碑です。描かれているのはエジプトのファラオ、アメンホテプ 2 世で、戦車に乗り長方形の的に狙いを定めているところが写し出されています。紀元前5世紀のヘロドトスはその著書「歴史」の中でエジプトではファラオが国民を集め、王族の「技量」を披露するために賞品つきの競技大会(gymnastic games)を開催していたと書いています。王族が主催し、王族が腕前を披露する競技大会なのですが、競技と弓術との関係をどのように読み解くべきか、直接の文献がないので解釈が非常に難しいです。

次の記事で扱うことになると思いますが同時期くらいの競技について書かれたイリアスでは、鳩(的)に当てたのは「神に祈った」ほうでした。つまり、的に当たる(当てさせる)のは技量ではなく神意なのです。

石碑から王族が競技を主催し、的あてを披露していたことは間違いないのですが、それは「的に当たる=弓術が上手(技量)」を披露するものではなく、正戦論的な「的に当たる=自分は神(ファラオ)」であることを披露する儀式的競技であった可能性が高いです。その場合、練習はしなかったでしょう。まぁ、したとしてもコソ練であるはずなので、文献に残っている可能性は絶望的です。

この点はキューピットに見ることもできます。矢に当たったものは恋しちゃうらしいのですが、この絵に描かれているよう(目隠し)、その的中は恣意的なものであり、キューピットが弓術の練習に勤しんだという記述はありません。キューピットが百発百中では成立しない話もあります。「当たった事で恋をする」「当たったことが神意である」の時代において、弓術と呼べるもの技術体系が存在していたかはわかりません。

競技に対する練習に言及した文献としてプラトンの「法律」があります。これは対話形式ですが、意訳すると

(意訳 8章 828)競技の前に戦い方を学び競技に臨むべきだ。練習するのをおかしいと思う人がいるかもしれないと心配するべきではない。国防のためにも国全体にそのような法律を制定すべきだ。

とかかれています。競技のための練習をしようというプラトンの主張なのですが、なぜ、今は練習をしないのかというと、

(8章 832)支配者は被支配者を恐れて、被支配者が立派に豊かに強く勇敢になることを、そして何よりも戦闘的になることを自分からはけっして許そうとはしないからだ。

と書かれています。ただ、このプラトン以降、ギリシャでは明確に競技のための練習がなされるようになり、儀式的な競技が実用(戦争)的な競技になります。競技結果はもう神意である必要性はなく、弓術もこの時代にはあったのは間違いありません。

弓術は紀元前400年頃にはあったと言えますが、これをどれだけ古くまでたどれるのかは今後の課題としたいと思います。

追加資料 : Complex Projectile Technology and Homo sapiens Dispersal into Western Eurasia


射法の分類 古代と現代のリリース射法について

洋弓の歴史について書き上げて1年立ちますが、勉強するほどに、まだまだ不明瞭なところがあると感じるので、もう一回勉強し直そうと思っています。その中でまず引っかかったのが、射法の分類です。まぁ…歴史についての本ではまず最初に出てくるところですね。

多くの資料では「ピンチ」「地中海」「モンゴル」の3つの方式に分類しています。日本のアーチェリー業界では一番権威であるだろう「アーチェリー教本」でも、2000年の改訂版のP.6-7で触れていますが、正直、何かの文書をコピペしたような文書になっています。日本での洋弓史の初期に書かれた「洋弓の楽しみ方(1965年)」に書かれた内容とほぼ変わらないので、この35年何も進んでいないようにも思えます。

弓についての研究者の状況を見てみると、スポーツ科学学会では間違ってマックス・エーンスを射法の分類を行った研究者と勘違いしているし、一方で考古学会では、正しく認識できているが、研究が失われた状態になっています。

いくつかの文献に引用されているが、正確な論考名・発表年などは不詳である。Morseはこの論考において、射技を第一次式・第二次式・第三次式・地中海式・モンゴル式の五種類に分類し、第一次式を最も原始的なものとし、モンゴル式を極めて発達したものとしている。

松木 武彦 原始・古代における弓の発達–とくに弭の形態を中心に

前に書いた記事で、マックス・エーンスは自著にモースの「Ancient and modern methods of arrow-release. (Essex U. S. A. Institute Bulletin. 1885. )」の研究を引用したと書かれていますので、スポーツ科学界が著者を間違い、考古学会では失われているとされているのは、この論文で間違いないでしょう。

私はずっとこの射法の分類のあまりの単純さに、このモースの研究は非常にレベルが低いではないかと思っていましたが、実際に読んでみると、全く違っていて、非常にレベルの高い研究です。というか、そもそも、モースは射法の分類について、5つであると断言していません。今まで、モース、または、「モンゴル式」「地中海」といった射法の分類について語っている人、ほぼモースの論文読んでないでしょう。デタラメばかりでびっくりしています。

ざっくり言ってしまえば、約150年前、1885年、通信手段すら限られていた時代に、モース自身は5つに分類したが、例えば、アルカイック・リリースのような情報が少なすぎて分析できなかったものも多いので、(モースが集めた)私の情報を個々に一旦まとめるので、後輩たちで更に研究を進めてほしいといった論文でした。

smithsonianmag.comより

ちなみにこのような足で弓を支え、両手で弦を引くタイプのリリースなどが情報不足で分析できていないとしています。

ということで、私としては論文も見つけたし、コピペではない正しい情報、モース自身の言葉に触れることができたので、それを踏まえて、次の段階の調査を始めますが、しっかりと内容を理解するために、ゴールデンウィークの3日使って、モースが射法を分類し、現在多くの言説の元になった「Ancient and modern methods of arrow-release.」を日本語に翻訳したので、アーチェリーについてより詳しく知りたいという方はぜひ。

古代と 現代のリリース 射法について – PDF 2MB

図面、岩の碑文、フレスコ画、浮き彫りなどをコピーする際にもっと注意する必要性を指摘します。手の位置、弓矢の先端の形や特徴、羽の形など、細かな点に注意を払う必要がある。さらに、古代の物や絵の中から、アームガード、サムリング、アローレストなどを識別する可能性と重要性も指摘したい。また、旅人や探検家は、弓矢を使うという単純な事実を観察するだけでなく、(1)引き手の姿勢、(2)弓を垂直に持つか、水平に持つか、(3)矢が弓の垂直の右側にあるか、左側にあるか、(4)この論文ではコメントしていないが、余分な矢を押し手に持つか、引き手に持つかを正確に記録する必要がある。

古代と現代のリリース 射法について

現在でも民俗学・考古学の論文を読むと、ものすごく丁寧に道具そのものを分析しています。しかし、それがどのような道具だったのかという点にはあまり関心がないようで、モースが指摘していることは、21世紀でも十分に通用するのではないでしょうか。

昔読んだ本ですが…今回、読んでもないのに堂々と語る人が世の中に大量にいることにびっくりしました。読んでから語ってよ(T_T) 私は翻訳までしたのでモースの論文ちゃんと読んでいますよ!