パラスポーツとルール

ルールとは何かについての質問をいただきました。回答を書いていたら長くなってしまったので、記事にしました。ただ、アーチェリーにとってルールとは何かという一般論は難しいので、今回の事件を前提とした記事になります。

ルールはつくられたものです。ルールを作っている人の頭の中では完璧な運用が見込まれていると思いますが、ルールは言語を介して表現されており、さらに、日本に入ってくるときには翻訳も介しています。言語ですら完璧な体系ではない以上、ルールは理論上完璧にはなりえません。では、どうするのか。WAが発行している審判のガイドブックはこのように考えています。

審判はどういう意味でしょうか。私のコンピューターの辞書と類語辞典には、JUDGEという単語の12以上の解釈が載っています。 検証、証明、確立、試行、立証、学習、確認、考慮などです。 その中で私が特に気に入っているのは、「正義」と「仲裁者」です。「審判はただルールを引用し適用するだけ」とはどこにも書かれていません。

盲目的と常識的なルールの適用における違いについて、簡単な例を挙げてみましょう。警察官が時速100キロ以上でスピード違反をしているドライバーを停止させた場面を想定してみましょう。ドライバーは飲酒運転をしていたことが判明し、警察官は職務を遂行し、そのドライバーに手錠をかけ、刑務所に連行しました。10分後、同じ警察官が同じエリアでまたも時速100キロ以上でスピード違反をしている別のドライバーを停止させます。2人目のドライバーは、トラックにはねられ、後部座席に重傷を負って意識不明の子供がいること、そして病院に急いで連れて行かなければならないことを説明し、見せました。同じ法律がほぼ同時に破られたのです。同じ罰則が適用されるべきでしょうか? もちろん違う!と皆さんは言うでしょう。

しかし、判事たちは時にそのようなことをします。①ただ本を開いて、射手のスコアを減点する罰則を見つけようとするのではなく、可能であれば、選手のスコアを救うルールを見つけましょう。もし選手が他の競技者に対して有利になるようなルール違反を犯していた場合、距離、時間、矢の本数、スコアなど、②その選手に有利になるようなルール違反を犯していた場合、厳格かつ即座に処罰しなければなりません。これは、ルール違反を犯していない他の選手の権利を守るためです。

このガイドブックは、審判や大会主催者が仕事をし、③アスリートが競技を楽しむのを助けることを目的としており、WAルールブックに代わるものではなく、また完全であると主張するものでもありません。 疑問がある場合は、ルールブックと④現在の解釈を参照してください。

WORLD ARCHERY JUDGES’ GUIDEBOOK V1.2024 意訳

さすが審判のトップの意見です。もう論点がすべて含まれており、私がお伝えしたいこともすべて含まれているのですが、解説しながら話を進めていきたいと思います。下線を引いた部分は4点です。まずは③と④、記事の最初に書いた通り、ルールブックも審判のガイドラインも完璧ではありません。そのためにWAに質問して解釈(Interpretations)を求めることができます。

https://www.worldarchery.sport/rulebook/article/82

今回にからめて言えば、WAのルールに関するページでは、オランダの協会からのパラアーチャーがパラ競技以外(つまりは一般の70mwラウンド等)でも1.25m以上のスペースを要求できるかという質問があり、パラアーチェリー委員会から、パラアーチェリーの規則はパラアーチェリー競技のみに適用されるという回答を得ています。

パラ競技ではなく、一般の競技にも適応されるパラアーチャーに関するはものは、一般大会のルールの中に盛り込まれています。例えば、上記の項目はパラアーチェリー競技に関する第19章ではなく、第12章にあります(全ア連競技規則)。

つまり、パラアーチャーの場合

→ パラ競技に参加する 第19章のルールが適応される

→ 一般大会に参加する 第19章のルールは適応されない

となるわけです。下線①(スコアを減点する罰則を見つけようとするのではなく、スコアを救うルールを見つけましょう)の精神にあるように、アーチャーは自由であるべきであり、危険でない限り、自由に大会に参加する権利がありますし、大会主催者側も私が知る限りは、多くの選手に参加してほしいと思っていますので、パラアーチャーが一般の大会に参加することを不快に感じる人はいないでしょう。

一方で、下線②(自身に有利になるようなルール違反を犯していた場合、厳格かつ即座に処罰する)の精神から見た場合、一般の大会でパラアーチャーがクラス分け時に使用して良いとされた補助具以外を使用したとき、一般の審判が、例えば、スツールから車椅子に変更した時に、この変更が選手にとって有利になるかどうか、判断基準が存在しません。なので、その大会での点数を非公認記録とすることで、他の選手の権利は守られると考えられます。

以上をルールがどうなっているのかと言えば、問題になっている第19章はWAの見解によれば、パラ競技だけに適応されるので、一般大会に参加するパラアーチャーには適応されない。パラアーチャーは健常者と同じレベルで自由に競技に参加する権利を持っている。しかし、他の競技者との公平性の担保のため、一般競技に一般の競技規則(第19条の除くもの)で参加したときの記録は、ランキング等には使用できず、非公認記録として記録されるが、私の理解するルールです。

WAがパラアーチェリーの章はパラ競技のみに適応されると判断している以上、その傘下の全ア連も当然同じ解釈を共有します。一方で、正式な資料を見つけることはできませんでしたが、日身ア連は全ア連の傘下にないという組織図が見つかりました。全ア連のホームページでも確認しましたが、加盟団体事務局一覧には日身ア連はありません。つまりは、日本身体障害者アーチェリー連盟はWAとは上下関係になく、WAのルール解釈を共有すべき立場ではないわけです。なので、独自の思想に基づいてアーチェリー競技のルールの解釈することは立場的には可能ですが、同じ内容の通知に対して、2つの解釈があるのはいかがなものでしょうか。

そして、これに巻き込まれたAさんBさんは…残念です。

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山口 諒

熱海フィールド代表、サイト管理人。日本スポーツ人類学会員、弓の歴史を研究中。リカーブ競技歴13年、コンパウンド競技歴5年、ベアボウ競技歴5年。リカーブとコンパウンドで全日本ターゲットに何度か出場、最高成績は準優勝。
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