【加筆】友人に長いと言われたので最初に要約を入れました。
報道されている事 : BさんがAさんのブログに匿名で誹謗中傷した。悪質とされ約120万支払う。
裁判記録によって明らかになったこと : Bさんは雑アを見てAさんが車椅子で試合に出ていることを知る。日身ア連にルール違反か確認する。該当の試合は全ア連の主催であり、日身ア連にはルール違反か決める権限がない のに、ルール違反と回答する。Bさんはルール違反だと思い込む。以下、報道のとおり。
日身ア連は第三者ではなく当事者。だから、でたらめな発表を世間にしている。
論点は、日身ア連が全ア連の公認試合での「ルール違反疑惑」を判断する権限があるのか、です。
加筆ここまで。
きっかけはパリ・パラリンピックに迎えるにあたって、とある記事へのアクセスが急増したことでした。特にこの時期に当時の事件が蒸し返される必要性も感じなかったのですが、調べてみたら、新しい事件が発生していました。
例えばルール関係で注意をされた際には、司法に訴えたりする前にまずは審判の指示に従う といったスポーツ界における然るべき順序と手段を以て対処してゆかないと
昨今の報道案件について(連盟コンプライアンス委員会)
連盟の当初の発表ではルールについて注意された際に審判のの指示に従わない選手の存在を示唆する表現があり、長年アーチェリーの競技会に参加してきた人間として、そもそも審判に従わない選択が選手に存在するのか疑問だったので、実際の裁判記録を閲覧してきました。2000ページ以上はある10cm以上の資料でした。
この記事ではこの事件がどんなものだったのかについて迫っていきたいと思います。
裁判にもなった事件なので、長くなりますが、分かりやすさよりも、正確性を重視した記事にすることを心がけています。この事件の中心人物は下記の三人です。
・原告 Aさん 東京・神奈川を中心に競技している選手
・被告 Bさん パリオリンピック日本女子代表選手(辞退)
・日本身体障害者アーチェリー連盟 クラス分け担当理事 O氏(当時)
原告AさんのブログにBさんが「ルール違反してない?してるから言ってるんですけど」等と書き込んだ事に対して、それが名誉毀損に当たるかどうかという裁判だったのですが、裁判の中でBさんはAさんが競技団体や勤務先に裁判のことを伝えたことは逆の名誉毀損・プライバシーの侵害であると反訴し 、最終的にはBさんによる名誉毀損が認められ、Aさんに対する約124万円の支払いが確定した事件です。この流れはいろいろなメディアにあるので、この経緯について詳しく知りたい方は新聞とか読んでください。
前の記事で書いたように、双方「ルール違反について」ではなく、裁判の争点は名誉毀損についてでしたが、ここではその部分には触れず(立派な裁判官判断済みだし)、裁判記録をもとに「ルール違反」とされたものは何だったのかについて、解説していきたいと思います。
以下長くなるので、すぐの答えを知りたい方向けに結論から言えば、全日本アーチェリー連盟と日本身体障害者アーチェリー連盟の理事間・審判間に存在するパラスポーツに関する思想の違いが根源にあり 、日身ア連の思想の影響を大きく受けたBさんが、一方的に自分が正しいと信じてしまったことが原因 だと考えられます。
以下、詳細です。長くなります。
まず、この裁判はAさんととBさんの間で争われていますが、競技規則の解釈とAさんがルール違反をしていたかについて、調査嘱託(裁判において第三者に回答を求めること)が多くのアーチェリー競技団体に送付されています。全ア連、東京都アーチェリー協会、千葉県アーチェリー協会、日本身体障害者アーチェリー連盟、公認審判員の方などが回答しています。
その回答の中にはルールの運用の対立が見られます。 しかし、私が前の記事で日身ア連の問題を提起したように、それらは連盟関係者間の意見の対立であり、AさんとBさんという選手の問題ではありません。連盟間でよく話し合って解決すべき問題を、選手の裁判に押し付けている状態になっています。
どのような意見の対立か簡単に言えば(*)、
・日身ア連 : ルールはルールだ。守れないならルール違反である 。
・全ア連 : それは自分の主催大会でやってください。
・裁判所 : 地方競技団体の一般試合における、ルールに厳密でない運用は障害者が健常者との比較において有利ではない限り 、事実上許容されていた。
*日身ア連の証言(乙第10号証)はクラス分け担当理事のO氏であり、彼の意見が連盟を代表とする。全ア連や地方一般競技団体の意見・回答に多様な方法で提出されていて、代表的な意見を取り上げています。裁判所の意見は判決より。
まず、ここで議論になっているルールとは全ア連の競技規則の19章のパラアーチェリーの部分です。最新のものは全ア連のホームページよりダウンロードできます 。ここで理解すべきは、19章にあるルールはパラアーチェリー競技について定めたもので、各地で地元のアーチェリー協会において、一般的に行われているアーチェリー大会についてのルールではないのです。
例えば、
競技会場および練習会場は、IPC規則に定義されるとおり、車椅子使用者に必要な施設を備え、支障なく出入りできなければならない。会場の入り口からウェイティングラインおよびシューティングラインまで、補助なしで車椅子が移動できなければならない。
全日本アーチェリー連盟競技規則2024-2025, P.95
と書かれています。バリアフリー社会を目指すに正しく真っ当なものであることはその通りなのですが、ルール通りの運用では、バリアフリーが完璧に整備された競技場を確保できない都道府県では、パラアーチェリーの試合は開催できないことになります。
一方、そもそものパラスポーツの目指す一つの形は、障害のある人々が社会の一員として活躍できる場を提供し
、共生社会の実現を目指すものである以上、競技場のバリアフリー改修が終わっていないからとパラアーチャーの参加を拒否していては、本末転倒もいいところでしょう。
実際の歴史的な経緯が裁判で検討されることはなかったわけです(争点ではない)が、全ア連側の意見としては、厳密なルールの運用はさておき、パラアーチャーが一般のアーチェリー競技大会に参加申込したとき、それぞれの地域のアーチェリー協会では、ルールにある理想的なバリアフリー環境の提供ができるないから断るのではなく、どうしたらパラアーチャーに競技に参加いただけるかで運用が考慮されてきました。
ただ、近年バリアフリー環境が整いつつある中、いつまでの選手ファーストの運用では混乱が生じるとの問題提起があり、全日ア連競技第 20-031号が、2020年9月26日に出されます。内容としては、一般の公認競技会について、パラアーチャーはこれまで通り参加を認めるが、記録を公認記録とするかは厳密に運用する 。というものです。これが現在まで続いています。
原告のAさんは全日ア連競技第 20-031号が発出されてからは、ルールに従い競技をしていると思われます(裁判では触れられていないので不明)。ただ、2020年9月26日以前には、自身のパラアーチャーでのクラス分けで許可されていない車椅子を使用して、一般の試合に参加したことがありました。これはルール違反なのか。または、一般の試合で、会場がバリアフリーとは言い難い状況で、車椅子からスツールに都度移動する事などが試合の進行に与える影響で黙認されていたのか…。
しかし、現実的にはルールの話にならずに、翌年(2021年)の1月に、BさんはAさんをブログにおいて匿名で攻撃します。このことについて、裁判所の判断は
・競技規則に基づいてルール違反を通報した事実はなく、原告のブログで指摘することが問題提起であるとは言えず、原告に対する反感・攻撃が全面に出たものである。
・「何度も注意されたのに聞かない」なとどと全くの虚偽の事実を摘示してした上に、挑発的、嘲笑的に言及し、悪質性は相応に高い。
として、名誉毀損としました。
ルール関係で注意をされた際には、司法に訴えたりする前にまずは審判の指示に従う
昨今の報道案件について(連盟コンプライアンス委員会)
裁判の重要な争点のひとつである「パラアーチェリーのルールにおいてルール違反かどうか」は司法が決めるべきものではないと考えること
一般社団法人日本身体障害者アーチェリー連盟コンプライアンス委員会
ですので、8月21日と28日の日身ア連による発表は、後者は噓であり、前者は解釈に困りますが裁判記録でBさんがAさんに注意をしたという記述は見つけられませんでした(*)。
*10cm以上ある記録なので私の見落としの可能性は否定してませんが、↓↓少なくとも裁判でも同様に認定されている。
裁判所はルール違反であるかは判断せず、ルール関係で注意するなら競技規則に基づいて団体に通報すべき
であり、それをせずブログにおいて匿名で攻撃すること
は悪質だと司法判断をくだしたに過ぎません。
裁判所はルールに関しては、一般論として、パラ選手が一般の試合に参加する状況で、審判の関心はパラ選手と健常者との比較において公平性にあったとしただけです。
では、Bさんは何をルール違反だとしたのか。裁判においてBさんは「ルールの解釈に最も信頼のできる日身ア連から、ルールの解釈を聞いており
、確実な根拠をもとに、誤信していた。」と主張しています。つまり、日身ア連にルールの確認をし、その上でAさんはルール違反をしていると思ったとしています。実際裁判でも、Bさん(九州)はAさんのルール違反と判断したのは、雑誌アーチェリーの記事で関東で行われた試合で車椅子に座って射る写真を見たからだとしています。
では、その日身ア連の証言はどういったものだったのか。これが一番攻撃的で、驚きました。
1.全日ア連競技第 20-031号/日身ア連第12号は新しい解釈ではなく、従来ルールの周知である 。
2.証言している全ア連の公認審判員である Hさん Yさんは 健常者団体の審判であり、パラのルールを熟知しているか疑問である。
3.全ア連の健常者団体の審判がパラのルールの運用を誤っていたのであれば、誤った審判に沿ったパラ選手の行動も誤ったものである。ルール違反はスポーツマンシップに関わる倫理的問題 。
と、こんな感じでした(乙第10号証)。
実は2020年9月26日のクラス分けのルールの変更については、全日ア連競技第 20-031号だけではなく、日身ア連第12号という通達も存在しているのです。上の写真とおり、全ア連と日身ア連の上下関係が逆転しています。この2つの内容が同一である通達が私の思う問題の核心です(*)。
*全ア連版は(2022年コンプライアンス違反により処分された津田正弘氏が)2020/09/25 10:38:50に作成、日身ア連版は2020/09/25 13:33:49に作成(プロパティより)。
全日ア連競技第 20-031号通知に対して、日身ア連の役員の立場でその解釈について、自身の解釈の正当性を主張するのは明らかに越権行為ですが、日身ア連第12号通知に対して、その解釈を日身ア連の役員が主張するのは、当然のことです 。同じ日、同じタイトル、同じ内容で、違う解釈(厳密には解釈する母体団体が違う)の通達が発生するわけです。
Bさんは日身ア連のどなたかに全日ア連競技第 20-031号通知か日身ア連第12号を指定せずに、「9月26日の通達の解釈」について訪ねたのだと想像します。当然、日身ア連は自身の発出した日身ア連第12号の通知についての解釈をBさんに伝えたことでしょう。それを持って、BさんはAさんに対して、スポーツマンシップに則っていないと確信したのかもしれませんが、その後の流れはすでに伝えたとおりです。
クラス分けカード所持者が、競技会出場時にクラス分けカードに記載されている補助用具以外を使用した場合は、ルール違反 です。
クラス分け(補助用具)に関する再確認
日身ア連は自身の連盟のホームページにこのようなことを書いていますが、当然のこのながら、これは日身ア連の主催する競技会に限ったことです。もし、日身ア連に全ア連主催の競技会を公認する権限があり、実際に公認しているのであれば、その試合において、日身ア連の解釈が全ア連の試合に及ぶことは考えられますが、個人的にはその例を知りません。間違いであれば訂正します。
一方で、Aさんが問題となった試合は通達前の全ア連傘下団体が開催したものです。そこでのAさんの行為をスポーツマンシップに欠けるとした関係者は、私が裁判記録を見た限りでは全ア連側にはいません。全ア連としても、これがブログでの匿名の誹謗中傷ではなく、内部通報などで大事となったとしても、瑕疵が無く一般の競技会でのパラ選手のルール運用について大声で責められる日身ア連と違い、当時その判断を行った審判員が所属する全ア連は、「記録の公認取り消し」「オープン記録とする」あたりで手打ちにしたと推測します 。
今回の「ルール違反」問題は、根本的には全ア連と日身ア連の思想の対立、または、「公平性」についての見解の違いだと考えます。公平性について、全ア連は今回その意見を公にしていないので、以下、長年全ア連のWA/全日本/東京(地方)/新宿区で競技してきた私の意見を述べさせていただきます 。
競技の規則は膨大であり、細部にわたっています。一方で、地域の競技団体は10-20人程度のところもあり、完璧に正しくルールを全員が理解し、正しく運用することは、現実として無理です。なので、(〇〇市・〇〇区)の地区大会というものは結構適当に運営されています。
その根底にある思想は、そこで多少不適切な点数が記録されても、獲得した選手はそれをもって、一気に世界チャンピオンとなるわけではなく(そもそもWA非公認)、その点数を使って、国体選手の選考会に参加したりするわけです。このレベルになると、関係者の数も経験も一気に上がり、ルールもより、厳密に運用されます。ただ、このレベルでも、例えばコンパウンドであれば、60ポンド以下であるかのすべき計測を弓具検査では行わなかったりします。
都道府県代表の上は、全日本選手権であり、このレベルに達すれば、WA公認試合になり、WAの完璧なルールに則って試合が運営されます。厳密な弓具検査とドーピング検査もあります。当然トップを目指す選手はこのレベルの大会で結果を出す事を求められます。
つまり、地方大会で、完璧なルール運営を怠って、選手が多少ルールを逸脱したところで、趣味アーチャーは楽しく試合すればいいし、本当に上を目指す選手は、通用しない事を知っているので悪いことをするメリットがないという性善説 で小規模な競技会は運営されます。
一方で、どんな小さな競技会でもWA公認試合と同じルールに則って厳密に運用すべき原則論が存在することも理解はできます。しかし、「すべきである」と「それができる」の間には相当な距離があり、2020年まで全ア連ではある程度ゆるーく、それ以降であっても、現実として、その距離が埋まることはないので、パラスポーツの精神に則って、広くパラ選手が参加できる現状を改悪せずに、かわりに記録の非公認(オープン記録)とすることにしたわけです。
当該案件に関しては一部事実誤認や、おそらくアーチェリー界における双方の過去を含めた事実関係を調査確認していないこと等から、事実と著しく異なることまでがあたかも事実のように流布されてしまうことにより、当該選手が過度な社会的制裁を受けている現状があります。
一般社団法人日本身体障害者アーチェリー連盟コンプライアンス委員会
以上、長くなりましたが、ここまでの経緯をご理解いただいたうえで、日身ア連の発表を改めて読んでいただくと理解が進むと思います。少なくとも私はここに至って、この日本語を理解しました。
Bさんは「日身ア連からルールの解釈を聞いており
、確実な根拠をもとに、誤信していた。」と主張しているとおり、問題の試合が全ア連主催であるにも関わらず、日身ア連はBさんに自分たちが主催する試合の場合における判断・解釈のみを説明、その場合はルール違反であると説明し、Bさんに誤った理解をさせた。
ネット上で一部、日身ア連はBさんをなぜここまでかばうのか、との声がありますが、私としてはいちパラアーチャーであるBさんの責任よりも、当時、日身ア連が連盟として責任ある行動をとっていれば、そもそも誹謗中傷は発生しなかった可能性すらあります。
そのために、連盟の公式発表でルール違反が裁判の争点だとか、ルールが司法によって判断されてはならないなどと、意味不明な主張でもって、連盟自身の責任が露呈しないように、事件を本質が公に露呈しないようにしているのだと推測します。
2024年の日本スポーツ界で、その主張で日本身体障害者アーチェリー連盟が逃げ切れるのか、見守っていきたいと思います。
*裁判記録 東京地裁 令和4年 ワ 3002xに基づく。どなたでも150円で閲覧いただけます。