コンパウンドに転向して1年2か月。まだ、コンパウンドボウのレビューをできるほどの知識はありませんが、現在、メーカーのエンジニアの方と話をしながら、少しずつコンパウンドの設計・レビューするポイントを勉強しています。来年には、コンパウンドボウのレビューがそれなりに書けるようになったらと思っています。
今日は自分の理解のためにという目的で、コンパウンドボウのカムがどのような仕組みで働くのか、なぜ、レットオフが発生するのか解説してみます。わかりにくかったら突っ込んでください。仕組み自体は理解しているつもりですが、うまく解説できるかは…頑張ります。
*中学生レベルの滑車に関する知識が必要です。
*エリートのバイナリカムシステム(ツーカムシステム)の仕組みをベースにしています。
下手な図ですみません。この図をベースに説明します。カムの物理は動滑車と同じものです。これにカムの効率性という要素が加わりますが、これはかなりが難しいもので大学以上のレベルの物理学の知識が必要なので省きます。
*カムの効率とは同様の仕事をさせるとき、カムの大きさはどれくらいが無駄がないのか、どのような形状が無駄がないのかについての計算です。
上の図では左の円がストリングが取り付けられているカム、右の円がケーブルが取り付けられているインナーカムです。コンパウンドボウの基本的な仕組みは、アクセルを通して固定されているカムとインナーカムのうち、ストリングによって引っ張られて(左側の矢印)回転するカムがねじで固定されているインナーカムを回転させ、その回転するインナーカムがケーブルを引っ張り上げ(右側の矢印)、リムがたわむというものです。
実際にはカムは円ではなく、複雑な形をしていますが、解説するためにフェイズ1-4に分けて解説します。青で囲んだ数字は事前に与えられた数字(前提)で、パワーストロークは20インチ(ブレースハイト8でドローレングスは28インチ)、リムのポンドは60ポンド(20インチ引かれたときに60ポンドになる)として話を進めます。
フェイズ1ではインナーカムの直径を1とした時に、カムの大きさが0.5の場合です。この比をGear Ratio(ギアレシオ)と呼びます。このギアレシオが引き味を決定し、この比を変更することでレットオフが生み出されます。
1(インナーカム)/0.5(カム)でギアレシオが2の時、引き味は非常にハードです。28インチ引かれたときに60ポンドになるリムは1インチ引かれるごとに3ポンド重さが増えていきますが、ギアレシオ=2で1インチカムが回転するごとに、インナーカムを2インチ分回転させるので、1インチ引くごとに倍の6ポンドずつ重さが増加します。これが引き始めのフェイズ1で、ギアレシオを2に設定することでリムから倍の力を引き出します。(↑フェイズ2)
フェイズ2では1/1でギアレシオは1です。この場合はリムはカムがないときと同じように働きます。つまり、ストリングを1インチ引けば、ケーブルは1インチ分リムを引っ張り、1インチごとに3ポンド重さが増加します。ここは、引きはじめ後にピークポンドに達し、それが続く部分です。
フェイズ3では、1/2でギアレシオが0.5となり、ドローフォースカーブではバレーに向かってポンドが落ちる部分です。ストリングが1インチ引かれるごとに、ケーブルは0.5インチリムを引っ張るので、1インチ引くごとに1.5ポンドずつ重さが増加します。
最後のフェイズ4はバレーの部分です。3/1でギアレシオは0.33となります。ストリングが1インチ引かれるごとに、ケーブルは0.33インチリムを引っ張るので、1インチ引くごとに1ポンドずつ重さが増加します。この後に(エリートの場合)カムに装着されているリムストップがリムに当たり、ウォールを作り出します。
以上の4つのフェイズを1つの滑車に搭載すると、その滑車はフェイズごとに異なる直径を持つ必要があります。ここからはメーカーによって異なりますが、カムを8つのエリアに分けると9時方向から時計回りにフェイズ1、もっとも直径=アクセルまでの距離が短いエリアから約半回転にしてフェイズ4(もっともアクセルから距離が遠いエリア)となり、下半分にはカム効率を調整する部分(カムの重量はシンメトリックなほど効率が良いのでここで重量のバランスを調整する)とストリングポストが配置されます。
そして、上記の自分がざっくりと設計したカムのパワーストロークはおおよそ上記のようなものになります。フェイズ1の5インチは6ポンド/1インチなので、そこでほぼピークの30ポンドにたどり着きます。そこからのフェイズ2の終点(ギアレシオ2の直線とパワーストロークの交点)に向かってほぼ直線で、フェイズ3で一気にホールディングポンドが落ち、フェイズ4でホールディングが落ちたまま安定したバレーにたどり着きます。ピークは30ポンドで、ホールディングは20ポンド、レットオフは33%しかないですが、ここはカム単独での設計の限界です。
(↑左はインナーカムが小さくカムが大きい状態、右はインナーカムが大きくカムが小さい状態)
今回は分かりやすいようにカムの大きさのみを変更してこのカムシステムを設計しましたが、すべてのカギはギアレシオです。そして、ギアレシオは(インナーカム)/(カム)ですので、カムを大きくするだけではなく、インナーカムを小さくすることでもギアレシオを変えられます。カムを大きくするとギアレシオが小さくなり、引きが軽くなるのと逆に、インナーカムは小さくするとギアレシオが小さくなり引きが軽くなります。
カムだけでギアレシオを設定した私のカムはレットオフを33%しか得ることができませんでした。市販のプロが設計したカムがより高いレットオフを実現しているのは、パワーストロークの中でカムを大きくしていくと同時に、インナーカムを小さくしていくことで、より過激にギアレシオを変えていくからです。
ご自身のカムで上記の仕組みを確認してみたい場合は上の写真のように
ギアレシオ = アクセルからインナーカムとケーブルの接点までの距離 / アクセルからカムとストリングの接点までの距離
で確認できます。ギアレシオが高いほど引きが軽く、引きが柔らかいです。
以上が、簡単なコンパウンドのカムシステムの仕組みになります。わかりにくい部分があればコメントください。修正、または、違う方法で解説してみます。絵が下手という突込みは受け付けていません。
山口 諒
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いつも興味深く記事を拝見しております。
恥ずかしながら質問させてください。
フェーズ1のときから低いギアレシオになっているカムであれば、ドローイングの最初から最後まで軽い力で引けると思うのですが、そうしない(できない)のは、それだと人間が引いた長さ<弓が引かれる長さとなり、実質的にほとんど引いたことにならないから、という理解でよろしいでしょうか?
例えば、仮に最初から最後までギアレシオ=0.3のカムがあったとすると、(人間が)30インチ引いたとしても(弓としては)実質10インチしか引いたことにならない。という意味です。
ご教示いただければ幸甚です。
>フェーズ1のときから低いギアレシオになっているカムであれば、ドローイングの最初から最後まで軽い力で引けると思うのですが、
おっしゃる通りです。ずっと低いギアレシオを設定することは可能ですし、その場合は最初から軽いです。ただ、それではカムの意味がありません。
根本的な話に戻ると、コンパウンドとはカムを使用する事でエイミング時のホールディングウェイトを軽くすることでより安定したシューティングを実現する弓です。
弓はただの道具ですので、入力した分(引くときに使った力)の力だけを頼りに矢を飛ばします。
最初から最後まで軽いなら、矢を飛ばす力もそれだけです。
>そうしない(できない)のは、それだと人間が引いた長さ<弓が引かれる長さとなり、実質的にほとんど引いたことにならないから、という理解でよろしいでしょうか?
>例えば、仮に最初から最後までギアレシオ=0.3のカムがあったとすると、(人間が)30インチ引いたとしても(弓としては)実質10インチしか引いたことにならない。という意味です。
そうです。写真の2つの数字がそうです。ギアレシオ0.33なら、20ポンドの負荷がかかり、20インチ引いた時には60ポンドのリムは6.6インチ引かれます。
少し違っているのは、人間が30インチ引くという表現はドローレングス(引き尺)という意味だと思いますが、ここの議論では実際に引いた距離(パワーストローク = ドローレングス – ブレースハイト)が大事です。
なので、ギアレシオ0.3、ブレースハイトが8インチであれば、22インチ弦を引いているので、リムは6.6インチ引かれます。
滑車ではなく輪軸ですね。
偏心した輪軸がカムです。