この記事は2023年2月14日に書かれたものです。最新の情報とは異なる可能性があります。ご注意ください。

なぜ戦前の日本語が読めないのか?

1883年5月29日付土陽新聞

(アーチェリーに関連のない記事です)

調べ物でイリアスを読む必要があり、古くある本だから、青空文庫とかで無料版あるかなと思ったらありました。しかし、これが読めない…

次に弓射る者のため暗緑の鐵賞に賭け、
兩刄の斧と片刄とを各々十個取り出し、
而してはるか沙の上、引き上げられし黒船の
はしらを的と打ち定め、そこに可憐の鳩一羽、
細き糸もて足繋ぎ之を射るべく命下す。(イーリアス 土井晩翠訳 1940発行)

https://www.aozora.gr.jp/cards/001099/files/46996_40612.html

たった、80年前の日本語が全然読めない(私の知的レベルの低さは認めます)のです。なんで、戦前の日本語がこんなにも読めないのだろうかと思い、軽い気持ちでネット検索したのですが、全く的を得た答えが見つかりません…。シェークスピアが悪いとか、GHQの陰謀とか…。

という事で、自分で調べみましたという記事です。

答えから先に書きますと「偉そうな文書を書きたかったから」です。(土井さんの文書は翻訳ですので、偉そうな文書を選択したのは、原文にそういうニュアンスがあり、忠実に訳したのかはラテン語の知識がゼロなのでわかりません)

以下、もう少し詳しく。

江戸時代には「話し言葉」と「書き言葉」がそれぞれに別に存在したのですが、明治時代にそれを一致させよるという言文一致と運動がおきます。一致させるといっても、2つで仲良くするのではなく、書き言葉を話し言葉に寄せていこうという運動です。移行期の明治時代の小説家は両方の言葉で小説を書いていたりしていました。

(書き言葉) 石炭をば早や積み果てつ。(森鴎外,舞姫,1890)

(話し言葉) 金井しづか君は哲学が職業である。(同,ウィタ・セクスアリス,1909)

帝国教育会の有力者によって結成された言文一致会が明治43年12月に目的を達成した事により、解散したことから、この運動はだいたい明治時代に終わったと見ることができます。なので、もし明治の文書が読めない・読みにくかったら、その理由は書き言葉が話し言葉に統一される前の文書だからと言えると思います。

さて、この運動に乗らなかったのは、権威側の人達でした。最たるものは法で、なんと2018年という驚異的な記録です。

六法ようやく口語体で統一へ 「スルコトヲ得」やめます

ちょっと抵抗したのはエリート層の新聞で、大正10年~11年になって東京日日(現・毎日)と朝日が口語化します。記事の最初の方でGHQ陰謀説が出る理由はおそらく、明治に口語化がなされ、大正のなって新聞が改めたあとでも、天皇の詔勅(しょうちょく)は伝統に則って書き言葉を用いていたのを、戦後

敗戦によるきびしい歴史的な現実に遭遇するに至って、その基盤であり支えであった前近代的な残存権力の崩壊、それに代わる民主的なものの興起と共に、ようやくそれらの残存文語体文(書き言葉)も一掃された。

山本正秀, 言文一致文の歴史と特色,日本文法講座 続 第3 (文章編), 明治書院, 1958, p 278

といった流れがあったために、まぁ、GHQの陰謀と言っても間違いじゃないっちゃ間違いじゃないとは思います。天皇の御言は伝統的なものでわかりやすさを重視する必要があるのか疑問ですし、わざわざ口語化する必要があったのかは個人的にも疑問ですので、間違いなくGHQの陰謀です!!

ということで、以上の流れから私の理解としては、

明治時代のわかりにくい文書 → 昔の書き言葉だったから

大正時代のわかりにくい文書 → エリートっぽさをまだ出したかったから

昭和時代敗戦までのわかりにくい文書 → 偉そうな文書を書くためにあえて使った

戦後のわかりにくい文書 → よく頑張って耐えた抜いた!!偉い!!

と考えるのが妥当ではないかと思います。

英語に関してはこのような問題は言語単体としてはないですが、ラテン語との対比においては同じ構造があります。17世紀の科学者ニュートンは「自然哲学の数学的諸原理」をラテン語で、「光学」を英語で書いています。

参考文献 言語の標準化を考える : 日中英独仏「対照言語史」の試み 高田博行, 田中牧郎, 堀田隆一 編著

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山口 諒

熱海フィールド代表、サイト管理人。日本スポーツ人類学会員、弓の歴史を研究中。リカーブ競技歴13年、コンパウンド競技歴5年、ベアボウ競技歴5年。リカーブとコンパウンドで全日本ターゲットに何度か出場、最高成績は準優勝。

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