この記事は2013年5月7日に書かれたものです。1年以上前の記事は内容が書かれた当時とは異なる可能性がありますのでご注意ください。

アーチェリーの理論と実践PDFにしました。

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アーチェリーの理論と実践(1887年出版)
PDFにしました。
翻訳開始から4週間。自分の理解の復習と、アーチェリーの歴史を学ぶための日本語の資料が少ないと感じてやってみました。
これにて、このプロジェクトは終了です。次のものに取り掛かります。
*原文の英語版はこちらで読むことができます。


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Ryo

Ryo

山口諒 - JPアーチェリー代表。担当業務はアーチェリー用品の仕入れ。リカーブ競技歴13年、その後コンパウンドに転向。リカーブ・コンパウンド両方で全日本ターゲットに何度か出場、最高成績は2位(準優勝)。

4 thoughts on “アーチェリーの理論と実践PDFにしました。

  1. SECRET: 0
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    いつもブログの更新を楽しみにしてます。
    KAYA SOUL タブは、そろそろ入荷しそうですか?

  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    入荷しましたが、検品であまりよくない問題が発生し、販売を見合わせています。
    初期ロッドは販売しないことを決め、返送する予定です。今後の予定に関してはメーカーと打ち合わせ中です。
    楽しみにしていただいていたのに申し訳ございません。
    > いつもブログの更新を楽しみにしてます。
    >
    > KAYA SOUL タブは、そろそろ入荷しそうですか?

  3. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    アップロードしていただいて、本当にありがとうございます。KOBOに入れて通勤電車の中で読了しました。
    いろいろと面白い内容でしたが、フィールドの的にそれぞれ名前がつけてあるというのが印象的でした。日本なら、四国八十八ヶ所とか坂東三十三番霊場とかでしょうか。(年寄りくさい。。。)

  4. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    読んでいただきありがとうございます。
    16世紀、アーチェリー(弓)と銃器との優位性が議会で問題になって説き、アッシャムが逆転の発想でスポーツとしての意義を唱え、16~18世紀にかけて、アーチェリーが衰退していった他国と違い、イングランドでは兵器としてのアーチェリーがスポーツとしてのアーチェリーとして生き残り、アーチェリーが国民の義務になりました。現代でいうと、スイス人が各自銃器を保管する義務があるとの同じようなものでしょうか。
    そのために、どの町でもいくつかのアーチェリー場がありましたが、現代のアーチェリー場とは違い、盛り土でそれぞれのフィールドが区切られただけのものだったようです。
    一番長いもので、2.5キロくらいですので、四国八十八ヶ所(調べてみたとこ1200キロですか!)とは違い、町の人が日ごろ散歩するにはちょうどいいくらいの距離だったと思われます。
    主な原因は上記の3つです。
    > アップロードしていただいて、本当にありがとうございます。KOBOに入れて通勤電車の中で読了しました。
    >
    > いろいろと面白い内容でしたが、フィールドの的にそれぞれ名前がつけてあるというのが印象的でした。日本なら、四国八十八ヶ所とか坂東三十三番霊場とかでしょうか。(年寄りくさい。。。)

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