TFCを知っていますか?今はただのダンパーです。

1970年 HOYT カタログ

TFCという装置をご存じでしょうか。先程、記事にしたアジャスタブル・レスト・プレートはさすがに使ったことがないのですが、これは使ったことがあります。ダンパーの代わりとして使ったことがありますが、感覚が好きではなく、2日くらいしか縁がなかった記憶があります。

1970年代から1980年代には、Vバーの根本につけて振動吸収用に使っていました。もちろん、そのようにダンパーとしても使えますが、本来の用途ではありません。このTFCという装置から次のチューニングが始まったようにも思います(*)。

*TFCを知らない時代の人が書いているのか、英語で検索すれば、当然正しい情報が出ますが、日本語で「TFC アーチェリー」で調べると、全く正しい情報がヒットしません。ダンパーと勘違いしている記事があるほどです。TFCはダンパーではない。そのために読者の方もTFCとは何かを知らないと想定して説明させていただきます。TFCを知っている方は読み飛ばしてください。チューニングマニュアルでスタビセッティングにつながるパートです。

TFCは英語ですと、「Torque Flight Compensator」となります。「トルク/フライト(矢飛び)/補正器」という意味です。トルクと矢飛びを補正するわけですが、これがどういう意味かが難しいところです。

(以下、チューニングマニュアルでは、もう少し詳細に説明します。トルクとはなにか、なぜスタビはトルクをとるのかはここでは飛ばします)

トルクが最もグルーピングに影響を与える問題児なわけですが、この問題は、スタビライザーを使用することで解決できます。スタビライザーを使用して発射時に弓を「固定」することでトルクをなくすことができます。

しかし、TFCが発明された当時は弓を固定してはいけませんでした。それは、プランジャーがなかったからです。

ホイット氏はTFCのメリットとして、

I have found through extensive experimentation that when the mass moment of inertia is increased by this means beyond a critical value, some interference with the clear passage of an arrow may occur.

特許文書より

意訳すると、「トルクを取り除くために弓をスタビライザーで発射の瞬間固定すると、クリアランスに問題が生じる」ということです。

(後で誰にちゃんとイラストにさせますので…)

私のイラスト(涙)ですが、新が現在です。矢がプランジャーにあたっていて、矢が通過するときには、矢はプランジャーチップを押し込みますが、バネの力でパラドックスを吸収して、そして、同じテンションで反発することで、矢のクリアランスは弓が固定されていても確保されます。

しかし、旧と書かれた、プランジャー以前では、発射後、矢がパラドックスによって、同様にレスト(弓のウィンドウ)を押し込んできたときに、弓が右に動くことでクリアランスを確保していたのです。つまり、プランジャーができるまで、弓が動くことで矢のクリアランスを確保していて、弓を固定していては、クリアランスに問題が生じることとなります。

そこでホイット氏が考案したのが、 「トルク/フライト(矢飛び)/補正器」 =TFCです。この装置の役割は、まさに広告(写真トップ)にあるように「interference free arrow passenge results, even for plastic vanes.」(意訳:ハンドルに当たるとクリアランスに影響する硬いベインでもきれいに飛びます)です。

この装置(TFC)は中にはバネ・または、ゴムが内蔵されていて、発射時の強いテンションがかかったときだけ、弓を固定せずに、弓はクリアランスのために動き、矢が飛び出したあとの、残った弱い振動はゴムとバランスさせることで、弓を安定させて、取り除きます。しかし、そのテンションには、当然個人差があるので、センターショットの調節の次には、このテンションの調節をするという作業が生まれたわけです。

ただ、その後、プランジャーが誕生すると、矢をクリアさせる仕事はプランジャーに移行し、TFCはそま副業的な作用として、ただのダンパーとして扱われるようになっていくわけです。


【1960-1970年代】センターショットの追求

ホイット特許 1963

古い時代になると、解釈が難しい事が多々発生します。例えば、この特許を日本メーカーも使っていた(ホイット氏が特許権を主張しなかった)のですが、ネットがない時代、知って使っていたのか、この特許を知らなかったのかは、想像するしかありません(*)。

*途中から主張するためにホイットは特許番号を発表したので、どこかの時点では知っていたと思います。

また、ネットがない時代には1984年に日本選手団がルール改正(プランジャー/ストリングウォーキング解禁)を知らずに、世界フィールドに出場して惨敗するという事件が起こっています…恐ろしいです。。

さて、この記事ではチューニングの歴史について触れます。

1960年代までに(今の意味での)チューニングという概念は、ほぼなかったと理解していいと思います。1971年の世界選手権でも、3位の選手は自作の弓(セルフメイド)で出場しています。ウッドの弓というのは、そもそも職人が、木から作っていくので、特注するとしてもそれほど大変なことではありません。また、多少の技術があれば、選手自身で、完成品を再度削っててティラー出しすることも可能です。

チューニングという概念は、職人が1本1本作るウッドボウから、金属製に移行する過程で必要性が生じてきます。弓は製造された段階で、完成されており、それをユーザーが再加工することは困難とあり、調整できることが求められます。

トップ写真はおそらく現代的な意味での最初のチューニング機構、アジャスタブル・レスト・プレートです。

ところでレストはどこに貼りますか?

いまこんなことで悩む人はいないと思います。プランジャーを使って射つなら、プランジャーホールに貼るしかありません。しかし、プランジャーがまだ使用されていなかった時代(1971年解禁)、レストはどこにでも貼ることができました。

ウィンドウの中であれば、どこにでも貼ることができましたが、今のプランジャーの出し入れで調整していた軸では調整できません。今のスーパーレストのように接着ベースの厚みを変更するくらいしかなかったのですが、ホイットはこの部分調整可能にしました。

Fig4 36番のツマミを回していくと、12番のプレートを出し入れできます。このプレート上にレストを貼れば、レストの位置を変更できます。Fig2 36番の のツマミを回していくと、12番のプレート上の10番のレストを出し入れできます。

これによって、センターショット調整というチューニングが生まれます。1960年代後半から1975年あたりまでのチューニングです。

1971年にプランジャーの使用がFITAで解禁されますが、感覚に頼るところが多かった時代の選手はなかなか保守的で、私ならすぐ飛びついた気もしますが、4年後の75年の世界選手権でも、使用選手は70%程度だったようです。

プランジャーが解禁されたことで、アジャスタブル・レスト・プレート(テーブル)は廃止され、プランジャーホールが標準装備になります。プランジャーに抵抗があった選手は上記のような、プランジャーホールに取り付けできる、レストプレートを使用していました。ただ、70年代後半にはほぼすべての競技的アーチャーがプランジャーを使用するようになります。

同時にセンターショットの調整もレストのチューニングではなく、プランジャーを出し入れして行うチューニングとして変化していきます。

【歴史の流れ】

1960年代前半まで - 職人に依頼するか、自分で加工してセンターショットを出す

1960年代後半から1971年 - レストを動かすことでセンターショットを調整する

1971年から現在 - プランジャーの出し入れをすることでセンターショットを調整する


【歴史】アメリカとターゲットアーチェリー

(チューニングマニュアルになる記事です)

イギリスでは貴族の嗜みとしてターゲットアーチェリーが誕生します。現在でもイギリスのアーチャーの多くがターゲットアーチェリーを楽しんでいます。一方で、アメリカでは全く違う形でアーチェリーが普及します。

南北戦争後、勝利した北軍は銃器所持者を増やすためNRA(全米ライフル協会)を設立します。対して、負けた南軍は銃器の所有を禁じられました。それまで銃器で行っていたハンティングもできなくなってしまいました。そこで、かつて使われていたアーチェリー再度注目されます。

かつては世界中で弓矢によって狩猟が行われていましたが、現在、弓矢でハンティングが行われている地域は多くありません。ハンターは一度銃を手にしたら戻る意味がなくなるからです。しかし、アメリカではそうではありませんでした。

1878年に元南軍であったモーリス・トンプソンによって書かれた「The Witchery of Archery」が大ヒットし、ハンティングを中心にアーチェリーが広まっていきます。ちなみにこの本は17章からなりますが、ほぼハンティングが話題で、ターゲットアーチェリーについて触れている章は1つだけです。著作権が切れているので、英語版はネットで、無料で読めます。

1879年にこの本の著者のハンターとして有名だったモーリス・トンプソンが初代の会長に就任して、NAA(USA Archeryの前身)が設立され、ターゲットアーチェリーの大会も行われる様になりましたが、もともとハンティングをするためにアーチェリーが普及した国ですので、現在でもアメリカではアーチェリー愛好家はハンターが圧倒的多数です。コンパウンドの時代に入る直前、リカーブ黄金期の1974年にベアアーチェリーは年間25万台製造した記録があり、そのうちターゲット用は10%程度と考えられます。

参考文献 Vintage Bows- II Rick Rappe著


それ、センターショットじゃないんです。

1996年のヤマハアーチェリーのマニュアル(英語版)

こちらの記事をより完全なものにするためにヤマハのセンター1996-98年の日本語のマニュアルを探しています。(協力ありがとうございました)

【追記】1988年初版/2000年改訂版のアーチェリー教本(全ア連)での伊豆田さん(ヤマハの技術者)の記事までは正しく用語を使っていたことを確認しました。

コンパウンドのチューニングマニュアル(翻訳)、ベアボウチューニングマニュアルを製作したので、最後のリカーブに取り掛かっているのですが、なかなか進みません…いろいろと理由はあるのですが、第一章が書けないのです。しかし、それでは何も進まないので、第一章以外の記事を一つずつ書いて、第一章より後ろを少しずつ書いて完成させることにしました。下記記事を読んでいただければわかると思いますが、簡潔なマニュアルではなく、全体を通して読んでいただける読み物にできればと思っています。

最初の記事はいわゆるセンターショット(センター調整)について。センターを調整することをセンターショットの調整と呼びますが、このセンターショットとは何を指しているのか、説明できる方はいますか?

実は、センター調整をセンターショットと呼ぶ国は日本だけです。この機能は海外ではリムアライメントと呼ばれています。日本のメーカーであるヤマハでも、海外の説明書ではリムアライメント(Limb alignment*)と表記しています。

*WIN&WINでは Limb / Riser Alignment と表記

これはFast Flightが本来ファストフライトであるべきなのに、ファーストフライトと呼ばれているレベルの話ではなく、この用語の誤使用によって、正しい情報が伝わらない、伝わりにくいという大きな問題を引き起こしています。この記事では、この後、一般的な意味のセンターショット調整(センター調整)はすべてリムアライメントと表記します。また、そもそも、リムアライメントを正しく理解している自信がない方は下記の記事を先にお読みください。

トラディショナルアーチェリーより

リムアライメントがセンターショットではないなら、センターショットとはなにか、これは文字通り、中央射、ハンドルの真ん中から矢を射つことを指しています。写真上のようなウィンドウを削っていないロングボウ、または日本の和弓にはそもそも、センターショットという概念がありません。どちらも矢をハンドルの右側か左側につけて射つので、中央射は物理的に不可能です。そのために弦が弓(ハンドル)の中央にある必要(センター調整)もありません。

Ragim 2020

下記の記事のように、戦前は和弓と洋弓はおおよそ同じ程度の的中率でした。しかし、1940年代に洋弓のリムのイノベーションがあり、さらに、1950年に写真のようなウィンドウがある弓と、円形ではない現代のピストルタイプの方向性のあるグリップが登場したことで、1960年代には和弓ではもう追いつけないほどの差を広げていきます。

洋弓のハンドルにウィンドウが搭載されたことで、矢をハンドルの真ん中から発射することができるようになりました。このことをセンターショットといいます(*)。そして、矢がセンター上にあるので、ここで初めて、弦もセンターに持ってくる必要が生じ、このときにセンター調整という概念が生まれました。

*サム・ファダラによる定義 : センターショットはハンドルのウィンドウが弓のセンターラインを超えてカットされている場合、矢がセンターラインの真上にあることを示す。ノッキングされた矢はハンドルの中心軸上にある。これによってアーチャーズパラドックスを軽減すると考えられている。

しかし、1950年代にはリムアライメントという概念とセンター調整機構という概念は存在していませんでした。前者はハンドルにはまだスタビライザーが取り付けられていなかったので、リム面さえ水平なら(センターショット)、ハンドル面が多少どちらかに傾いていても性能に影響はないと考えられていたためです。もちろん、極端に傾くと矢のクリアランスに影響があるので、多少に気にはしていたと思いますが記録に残っていません。

センター調整機能が存在していなかったのは、カーボン/エポキシリムが登場していなかったので、手で調整できたためです。今でも、ポラリスのようなウッドリムであれば、手でねじることができます(そのためにねじれ保証はついていません)。ドライヤーなどでリムのねじれているところを温めて、手で反対側にねじって、センターを調整します。

WA Archery TV WC 1973

1960年代になり、ロッドスタビライザーが登場します。このスタビライザーは的側に向かって長さを持ちます。そのロッドがまっすぐと的側に向かっていく伸びていますが、このときハンドルが傾いていると、ロッドも傾き、弓はまっすぐ飛び出しません。ロッドスタビライザーの登場によって、リムとハンドルの3面を水平にするリムアライメントの調整が必要になります。

そして、最後に登場するのが、センター調整機構です。1950年代のリムは手でねじることができましたが、これでは安定性がありません。70年代にねじれたリムで世界記録が出たという話を聞くことがありますが、それがまさに当時のメーカーに目指すところで、リムアライメントを多少犠牲にしても、ねじれないリムのほうがグルーピングするという結果を持って、ねじれないリムの開発に邁進していきます。その結果、リムを年々進化を遂げていきますが、ねじれ耐性を持ったリムは当然、以前のように手でねじって修正することはできません。

1980年代前半くらいまでは、いろいろな方法(当時のノウハウはほぼ伝わっていません)で調整を行っていたようですが、年々進化するリムに対して、いよいよ方法が尽きてきたときに、メーカーの判断が分かれます。いくつかのメーカーは生産したリムのうち、自社の検品に合格しなかったリムはすべて捨てるという判断をし(コストアップになる)、現存するホイット社などは、リムを調整することを諦め、ハンドル側に調整するための機構を導入することで、出荷できる公差を広げる戦略を取ります。

センター調整機能がなかった時代の1990年代、ヤマハの最も安いリム(*)が4万円以上もし、ハンドルと合わせると11万円を超えます。対して、センター調整機構に対応するリムは、現在、現在とは言わずとも、その10年後の2000年代後半にはグラスリムは1万円ほどで買えるようになっています。10年間で1/4程度になり、ハンドルとリムで2万円強でアーチェリーを始められるようになりました。

*イギリスのカタログによると 1990年 α-SX FRP リム 定価 169ポンド(当時のレートは257ポンド円) = 43433円

ホイット ユーザーマニュアル 2021 - センターショットの項目

以上の流れがそれぞれの用語の誕生の歴史です。ここまで読んでいただければ、センターショットとリムアライメントが明確に異なるものだということがわかると思います。もちろん、今でもセンターショットは用語として残っており、現在では、プランジャーの伸縮があったり、シャフトが樽型だったりするので、センターショットなのに、厳密にはセンターに設定しないセッティングをすることをセンターショットと呼びます。

日本ではなぜセンター調整・センターショットがリムアライメントと混合されるのかは、これから調べてみたいと思います。日本だけで通用する用語の多くはヤマハの影響を受けているので、ヤマハの説明書を手に入れることが課題だと思います。

さて、センターショットを理解していただいたところで、次はリムアライメントの調整です。Wikiによると「アライメントは、並べる、整列、比較などの意味。」とあります。リムアライメント調節で行っていることは、「センター」とは実質的には関係がなく、赤い線で囲んだ「リム面(上)」、「ハンドル面」、「リム面(下)」の3つの面を水平に並べるというチューニングなのです。

写真の状態はリムアライメントが正しくない状態ですが、これは弦がセンターを通っていないのではなく、「リム面(上)」と「リム面(下)」はアライメントが正しいが、「ハンドル面」が右にねじれてしまっている状態です。相対的なので、ハンドルを真っ直ぐにするとリムがねじれていると言えますが、弦を引いたときには、リムのアライメントのほうが優位なので、フルドローでは、やはり、センターが右に向いた状態になります。リムアライメントが正しいとき、弦はリムの中央、ハンドルの中央、センタースタビライザーの中央を通ります(*)。このことがセンターショットとの混同の理由とも考えられますが…ショット(射)の要素ないですからね、センターボウならわかりますが。

*スタビライザーがまっすぐの場合に限る。

Fast Flightがファーストフライトでもファストフライトでもどちらでも良いと思います。しかし、センターショットとリムアライメントでは、言葉から受けるイメージが大きく違います。この点がセンターショットの調節正しくできていない方が多い理由だと思います。真ん中(センター)に揃えるのではなく、面を水平に整えるという作業なのです。

以上のことが理解できている上で、世間に合わせて、センター調節(センターショット調整)と言う分には、なんの問題もないとは思うので、私はこれからも混同して使用させていただきます。


我々は技術で負けたのか。リムセンター調整の悲劇。

2003年 - ヤマハ フォージド2ハンドル & Nプロ ZX ウッドカーボンリム

自分がアーチェリーを始めたときの最初のハンドルはヤマハのフォージド2でした。非常に優れたハンドルで、対応するリムが手に入らなくなるまでは使っていました。今回の記事とは関係ありませんが、下記の記事をあわせて読んでいたたければ、営業面と技術面の両軸で理解が進むかと思います。

昨日の記事と直接の繋がりはあまりありませんが、順番としては先にお読みください。

昨日も記事をアップしたところ反響があり、いろいろと話をしたところ、この話をまとめるには1996年のヤマハの日本語版説明書があれば十分ということがわかりましたが、難しいでしょうね。今回はヤマハのセンター調整機構の話。

ヤマハのセンター調整システム

一般的には、そして、チューニングとしてもリムアライメントが正しい作業が、日本ではセンター調整を呼ばれている理由はやはり、ヤマハの姿勢にあることまでは把握できましたが、その前にヤマハ最期のセンター調整機構を理解する必要があります。

*以下、アーチェリーの仕入れ担当としてのネタです。全部読んでも、アーチェリーが上手になったりはしないので、ご注意を。

1960年代からアーチェリーハンドルは大きな進化を遂げてきました。WAのユーチューブチャンネルに1960年代からの世界選手権のダイジェストがアップされていますが、1960年代と1980年代の20年間では使用されているハンドルが全く違います。別物です。それに比べて、1980年と2000年の20年間では使用されているハンドルはそこまで大きく変わりません。そして、2000年と2020年では使用されてハンドルの違いはもはや細部だけです。

1960年代からの劇的な進化に比べてる、近年ハンドルの性能の進化が少しずつ停滞してきていることは明らかです。かつては、新モデルが開発されるたびに劇的に性能が向上(*)し、選手が一斉に新モデルに移行するというサイクルがありました。しかし、性能の向上が停滞するにつれて、この販売手法が困難になっていきます。

*もちろん、失敗した新作ハンドルも存在します。

ハンドルはリムと違い消耗品ではありません。同じモデルでは買い替え需要は基本的に期待できません。メーカーがハンドルの売上を維持するためにはハンドルのデザインと、細部の設定を定期的に少し変えて、短いサイクルでハンドルをもモデルチェンジしていくことが求められるようになりました。この販売方法に最も適した製造方法が現在のほとんどのハンドルに採用されているNC加工です。

これは私見ですが、2000年前後でハンドルの性能の向上は止まりました。2001年頃だっと記憶していますが、このときに開発されたサミックのウルトラハンドルは2004年にWA1440で1405点を記録します。現在はシングルではなく、70mが一般的になりましたが、その世界記録351点もウルトラハンドルによって達成されています。この記録は17年間のハンドル・リムの進化によっても破られていません。

自分も使用していましたが、スリムな設計がありなが、しっかりとした重量・質感があり、いいハンドルです。1990年辺りまでは鋳造ハンドルが一般的でしたが、初期投資が高く付き、一度作ってしまうと売り続ける必要があります。つまり、長期間モデルチェンジできないのです。これがヤマハが作り出し、最期のリムとなってしまった「リム側に搭載されるセンター調整機構」を生み出す原因となります。

センター調整機能の搭載されていないイオラはヤマハの最期のロングセラーモデルとして数々の実績を残していきますが、当時のヤマハの開発者の気持ちまではわかりません(下に続く)が、これを最期にヤマハもモデルチェンジが容易なNCハンドルへ切り替えを行います。それが初代のフォージドハンドルです。

イチから設計するハンドルですので、フォージドハンドルにセンター調整機構を搭載することには、特許を除けば、なんの問題もありませんが、しかし、イオラには搭載されていません。更にイオラは設計の変更が容易でない鋳造ハンドルです。フォージドはリムポケットをNCで加工しますが、鋳造ではリムポケットまで金型で作ってしまうので変更は困難です(*)。結果、新しいハンドルと実績のあるイオラハンドルの2モデルを次年度に併売するには、リム側にセンター調整機能を搭載するしか選択肢がなくなってします。

*コメント欄にお客様からの質問が寄せられていますが、その回答と誤解を修正するために加えられた一文です。コメント欄の流れを読むときには、この一文は加えられていない前提でまずは読んでください。

結果がこれです。現在ではワッシャー式にしてずれないように、ネジを二重にして両側から固定したり、更にそれに加えて、ロックボルトを入れて強固に固定しているセンター調整システムを、この小さなワンポイントに搭載するしか選択肢がなくなります。実際の開発者の気持ちはわかりません(上のを承ける)が、マーケティング的な制約のもと開発した、するしかなかった機構を酷評されるのはいたたまれないものだと思いますが、こんなものでしっかりとセンターが固定できるはずはありません(*)。

*この機構が開発者主導で導入されたという話を聞いたことがありません。もし、あれば、コメントください。

そして、その解決策としてヤマハが提示したのは、しっかり固定できないなら、接着剤で止めてくれという…だったら出荷時にセンター出して接着剤で止めれば良くないか?それではハンドルの個体差に対応できない?だったら、手持ちのリムも接着してしまったら、もう特定のハンドルでしか使えないじゃ?

どう突っ込むかはおまかせするにして、その後フォージド2ハンドルを発表して、ハンドル側では、意図通りの短期間のモデルチェンジをしたものの、このリムを最期にヤマハはアーチェリーマーケットから退場することとなりました。そして、私達はセンター調整機構はしっかり固定されるべきであることを学んだのです。

*私は開発ではなく仕入れ担当ですので、営業側の証言が多い状態で構成されています。開発者側にはまた違う意見があったのかもしれません。