
弓道の本でアーチェリーでも通じることを説く本が…たぶん…たくさんあります。しかし、言葉遣いが古く、弓道独自の用語も多いので、読むことに苦労することが多いのですが、AIの時代に、AIを使ってみると結構読めます。そのシリーズのパート1です。
今回紹介する四巻之書とは16世紀に書かれた弓道・弓術に関する本で、下記の文書は著作権切れで国立国会図書館で公開されたている大正十四年(1925年)刊の柴田勸十郎によるものを文字起こししました。それを現代語訳+難しい用語に注釈+読者(アーチャー)向けに該当するアーチェリー用語がある場合には追記という指示を出して、まとめたものです。
柴田勘十郎 編『四巻之書』,体勇社,大正14. 国立国会図書館デジタルコレクション
400年以上の弓術についての本ですが、現代のアーチャーの役に立つものであるのではないかと思います。練習のオフ日、遠征の帰宅時の道中(*)にでもいかがでしょうか。
*遠征に向かう道中で新しい技術論を読んで失敗したので、帰路に読むことをおすすめします。
四卷之書
日置流系 弓術秘傳書 現代語訳と解説
蜘蛛の糸、鳥と兎、鷺の首、龍田の紅葉——譬えに満ちた「口傳(くでん)」のことばで、足踏みから離れ、そして奥義の位までを説く。仏教・神道・五行・六道の思想が織り込まれ、骨法・剛弱・父母の調和・五重十文字など、射の本質は現代弓道にも通じる。
初卷
冒頭の誓文
願わくは衆生の百八の煩悩・無量の重罪が、ただちに消え滅びんことを。我とは誰か——生まれる以前の、本来の面目とは何か。一つの円に引き入れ、大いなる円の中で仏(真理)を学ぶ。弟子よ、わが道場(伽藍)に来たって、信心をもって安らかに住せよ。
常に的の中心へ流れるように射形を保ち、師弟が起請(誓約)を交わして、秘すべき事柄を記す。
百八煩悩:仏教でいう百八の煩悩。弓の稽古を、煩悩を断つ修行として位置づける。
本来面目(ほんらいのめんもく):禅語。生まれつきの、飾りのない本当の自己。
起請(きしょう):神仏に立てる誓い。秘伝を他に漏らさぬ誓約。
三體(さんたい)の教え
体は父母から授かったもの。剛健になれるかどうかは自分の力だけによるのではなく、弱くなるのも自分だけではどうにもならぬ。弱い者であっても、水が鉄を削るように少しずつ骨力を養い、正直(まっすぐさ)を旨として、心の底から修練することが大切である。この心の深い者には伝えてよいが、表面だけの者には伝えてはならぬ。
三體:剛・弱・調和の三つの体のあり方。骨・筋・肉の三要素と解する説もある。
七道(しちどう)
七道:この流派が説く射の七つの根本。おおむね現代の射法八節(足踏み・胴造り・弓構え・打起し・引分け・会・離れ・残心)から残心を除いた七段階に相当すると見られる。
足踏(あしぶみ)の事
口傳に「蜘蛛の尺(くものものさし)」という。蜘蛛が巣を作ろうとして、追風(おいかぜ)を受け、向かいの木や雲にも目を付けて糸を吹き付けるように——という意味である。「夜の鐘」という口傳も同じ意である。
心構えとして、蜘蛛が等間隔に糸を張るように、両足を均等に開いて安定した土台を作る。
足踏み:射位に立つ際の足の踏み開き。蜘蛛の尺=蜘蛛が糸を等間隔に張る様の譬え。〔洋弓:スタンス〕
弓構(ゆみがまえ)の事
口傳に「墨指(すみさし)」という。矢を番(つが)え、弓・矢・身の三つが一つに程よく定まるよう、目中(めなか)を執る。遠近によって替わる所はあるが、主となる骨法に従って弓の立つ所(弓の傾き)を定めよ。
弓構え:弓を持ち、矢を番えて構えるまで。取懸け・手の内・物見を含む。骨法=骨格の正しい用い方。三重十文字に通じる。矢を番える(やつがえ)〔洋弓:ノッキング〕
胴造(どうづくり)の事
口傳に「月身(つきみ)」という。心は、我は大日如来(宇宙の真理そのもの)であると思え。いずこにあっても心をゆるりと保ち、筋骨を伸びやかにし、馬上の武者が鞍の内で揺るがぬように、身形(みなり)の軸を据えよ。
胴造り:引く前の体幹・姿勢の確立。中心軸を整える。月身=月のように満ち円かな体幹のイメージ。大日如来=真言密教の本尊。自己と宇宙の一体の境地の譬え。
口傳に「弦道(つるみち)」という。射る時の手の内は、いかなる時も相応の掛かり(力の通り)で応じられるようにせよ。
弦道(つるみち):弦の通る道筋。引分け・離れにおける弦の軌道。弓道の実語である。
打起(うちおこし)の事
弓に「二度の反橋(そりはし)」があるとは——弓のしなりを活かした打起しが良いということ。打ち渡すのを「鳥莬(うとう)の掛橋」といい、まっすぐに弓を持ち上げる。これが口傳の核であり、伝えは数多い。引き渡しには「直(すぐ)の反橋」ともいい、矢の上下の整えにも口傳がある。
矢答(やこたえ)上下に 口傳有り
打起し:弓を持つ両腕を引き上げる動作。射法八節の一節。鳥莬(うとう)=鳥(鵜)と兎の譬え。軽やかに、素早く、の意か。矢答(やこたえ)=矢の番え(上下)の整え・応じ。
引取(ひきとり)── 引分け の事
口傳に「鳥莬の横」という。鳥(鵜)は餌場から追われて来るもの、兎は草むらに身を潜めるもの——その心持ちで引く。弓を押す働き(押手)を「鳥」、弦を引く働き(勝手)を「莬(うさぎ)」と表す。矢を弓に掛けることを「掛橋」と名づけ、左右の釣り合いを大切にする。
ゆるやかに、立っても坐っても、船中でも用いられる——その心が「同心」であり、本来の震えるほどの矢の力がここにある。奥深い口傳は灌頂(かんじょう)の巻に記す。
引分け:弦を引き絞る動作。押手(おして・弓手/ゆんで)=弓を的方向へ押し出す手(左手)。勝手(かって・妻手/めて)=弦を引く手(右手)。灌頂=密教で奥義を授ける儀。ここでは最高秘伝の巻。〔洋弓:ドローイング〕
弓懐(ゆみぶところ)の弦道を造れ——剛(こわ)い弓懐の弦道とは「猿臂(えんぴ)の射」のことで、大切な口傳である。弓懐の口傳は、日本の弓書に往来して数多い。
弓懐(ゆみぶところ):弓を持つ腕と体との間の懐。猿臂の射=猿の腕のように肘を柔らかく構えて引く、古来の技法。
會(かい)の口傳
- 一文字の教え:「恵(めぐみ)」「休(やすみ)」「善」「力」——いずれも大事の口傳
- 十文字の教え:この十文字は惣体(そうたい、全体)にも通じ、諸々の十文字すべてに口傳がある
会(かい):弓を引き絞り、伸び合う局面。体各部が整い、心も静まる。十文字=弓・矢・体が縦横十文字に組み合う、射の中核理念。後出の五重十文字に展開する。〔洋弓:フルドロー/アンカー。ただし会はより広く、伸合い・詰合いを含む〕
五重十文字(ごじゅうもんじ)の事
一 弓と矢の十文字/二 手の内と弓の十文字/三 弽(かけ)の大指(拇指)と弦の十文字/四 胴骨と肩の十文字/五 胸筋と矢の十文字。
右、五重十文字といい、一大事の口傳である。
五重十文字:射形における五つの直交(十文字)。現代弓道で説く五重十文字(弓と矢/弓と押手の手の内/弽の拇指と弦/胸の中筋と両肩を結ぶ線/首筋と矢)とほぼ一致する、和弓の根幹概念。
七障(しちしょう)
七障:射を妨げる七つの心の動き。これらに乱されぬことが会・離れの要諦とされる。
占掛合(うらかけあい)の事
弓をよく射る人を「弓を師となす」という詞(ことば)で知るべし。これは離れを覚るための詞であり、万事に強く用い、弓道に専一たれ、という。
離れ(はなれ)の事 ──「切・拂・別・劵」の四離
「四部の離れ」という。四箇所において離れが起こることで四部の離れが成る。これは先の「五部の諸(もろ)」に連なる。一所を梗(こう、要)と必ず心得て、四つを石火のごとく一瞬に出だし、四方へ離れを起こす——これが四部の離れの真髄である。
この四つに口傳があり、それぞれの心を了簡(理解)して離れること。「鸚鵡(おうむ)」というのは「掛け(弽)の離れ」を指す。次に「未来身(みらいしん)」という事があり、押手・勝手(父母)の収まりが「未来身」となって離れる。これと離れ前との骨法をよく心に刻むことが肝要。これを七重(ななえ)にわたって大事とし、その大形は七道に通じ、頂上(究極)と心得るべきである。
離れ:会から弦を放つ瞬間。弓道で最も重んじられる局面。石火=火打石の閃光のように一瞬で。鸚鵡・鷺・鶯・鶴・鶏=離れの質を譬える鳥。父(押手)・母(勝手)・子(矢)=三位一体の譬え。〔洋弓:リリース〕
骨相筋(こつそうすじ)・矢束 の事
七道の五部の諸と、始・中・終の骨法を、射形のうちに途切れさせず延ばし続けること——これを「骨相筋」という。「矢束(やづか)」と深く関わり、引けぬ矢束のことも本書の説にある。大事の口傳に「長きをもっては次、短をきれ(長過ぎは慎め、引き過ぎるな)」。
引分けにおける三つの矢束を、よく口傳として習得せよ。矢束は射手の斗(はかり)であり、真実は一つよりほかにない。引かぬ矢束は長く、骨相筋の道に附(つ)いて引く矢こそ究むべし。
骨相筋:骨格・姿勢・筋の連動した用い方。矢束(やづか)=引き絞った時の引き幅(体格に応じた自分の引き尺)。〔洋弓:ドローレングス〕
皮肉骨(ひにくこつ)の事
万事、人の骨と力をもって弓と矢とし、皮の人には皮の事を、肉の人には肉の事を、骨の人には骨の事を伝うべし。その軽重をよく口傳すべし。
皮肉骨:達磨の「皮肉骨髄」になぞらえ、修行段階・体質に応じて伝えを変えること。
手の内(てのうち)の事
心は「五ケ(ごか)」といい、「吾加(わがか)」ともいう——大事の口傳である。「鷺の首が浮(う)いたるなり(自然に伸びている)」状態が理想。「定・恵・善」の三本の指に口傳があり、神力(しんりき)の三指による「鷺鸚(さぎおうむ)の離れ」、「鶯(うぐいす)中軽し」などの口傳がある。
手の内:弓を握る押手の、弓に対する整え方・指の配り。弓道で最重要の技術の一つ。洋弓の「グリップ」より広く、押手全体の働きを含む。
剛弱(ごうじゃく)の事
剛と弱の教えは慈体(全体の調和)に用いるが、まず学ぶべきは「脈(みゃく)の間を専らにする」——間(ま)・タイミングを大切にすること。押し過ぎると下へ弱くなり、後ろへ過ぎると弱くなり、上へ過ぎても弱くなる。いずれにも偏らぬよう修練せよ。
- 剛(押手)は父、繁(しげ、密なる引き=勝手)は母であり、矢は子(二つの力の生むもの)
- 父母(押手・勝手)の心を思いやれば、矢は育つ子のようになる。片方だけが身に出て離れるのでは足りぬ
打起し・引分けの矢束を身に通し、左右へ偏らず、骨で引き分けよ。
剛弱:押す力(剛)と収める柔らかさ(弱)の釣り合い。弓道でいう詰合い・伸合いに通じる。
弓脈(ゆみみゃく)の事
遠近を知る心を「長短の息見越(いきみごし)」といい、「金(きん)」の教えともいう。誠実な弟子は、師の初手の教えに至っても、隠れた弓の聲(こえ、射の妙音)を聴き取る。神道にいわく、日本の初めの修行は神への奉仕として行われた。約束(師弟の誓約)に違えば末世まで障りとなる。疑うことなく、草木の内に隠れた矢(機会)であっても、一人ひとりが遠きを成す積み重ねの学びで究むべし。
古(いにしえ)の達人は——漢(中国)に二百歩を隔てて双(ふた)つの矢先を射合わせた者あり〔養由基〕、また高野山の弘法大師は虚空より声を発して弓を射通したと伝う。奥州へ修行に下った折々の話も多い。
弓脈:弓に通う力の流れ・呼吸。弓全体に生命が宿るような状態。養由基(ようゆうき)=百発百中で知られる中国・楚の弓の名手。
堅臥之二義(けんがのにぎ)の事
「堅(けん)」は剛き弓、遊弓に用いる。真の弓に通じる。この二つの心をよく心得て稽古を積むべし。紅紫の口傳という事もある。
目付(めつけ)の事
「雪の目付」という口傳がある——蚊が細い目で巣を営むような、静かで広い目つき。また「朱(しゅ)の目付」の事も口傳に多い。
目付:的を見る目の使い・視線の置き方。現代弓道の物見(ものみ)・狙いに当たる。弓道では的を「見る」より「感ずる」ことを重んじる。〔洋弓:エイミング〕
右 四卷書 初卷終
第二卷 歌智射之卷
歌(和歌)に智慧を込めて弓を射ることを学ぶ巻。
一段 ── 弓に任せる
引けるだけ引いても、腕だけで引いてはならぬ——弓にしっかり感じさせよ。弓に感じさせられぬ者は、どう引いても道理に合わぬ。抱えるように頼る引きは、人の物を当てにするようなもの。大切なのは、安んじて弓に任せること。弓の弾力に頼り切って引き過ぎても力は出ない。掻き集めるような引きは、いくらやっても整わぬ。身に合った引きこそ大事。
矢束ほど引いてはじめて弓の味(醍醐味)が分かり、無心になれるほどよい。身の丈に余ること・足りぬことも、いずれも奥義につながる。この三首の理をよく射抜けば、奥義を免れぬ者はない。
いかにして 心の有るを 思えよ
龍田山(たつたやま):奈良の紅葉の名所。力が紅葉のように自然に散る(力まず離れる)譬え。
三段
この五首をよく磨き、惜しまず、前の学びを堅固にしてのち、後の人に伝えよ。前の学びなくして後を伝えることはできぬ。口傳をよく伝えよ——「押していたりつら(じわりと押す感)」とはこのこと。胸の骨(胸骨)で引き分けよ。剛は父(押手)、繁は母(勝手)、矢は子。
打起し・引分け・矢束を身に通し、左右へ偏らず、骨で引き分けよ。
四段 ── 聲(こえ)
聲は唯(ただ)弓によって生ずるもの——切聲(きりごえ)も騒聲(そうごえ)も吉、掛聲(かけごえ)にすべし。掛け声、後の息——いずれも重々の大事である。他流では五臓より出すという。師より書き取り、軽々に伝えてはならぬ。この流は澤山(さわやま)に深く思う物。自分が知るからとて、軽く他へ伝えてはならぬ。
掛聲(かけごえ):射に際して発する声・息。気を整える働きがあるとされる。
五段
繁みと近きを見せよ 山のごとく動じぬ心で
- 口傳をよく伝えよ——長く引くことが矢束に通じる
- 出ずると引くとで、弦道の中にも月(満ちた状態)が宿る
- 押し引きの釣り合いを保ち、山のごとく動じぬ心で
弓積古(ゆみつみこ)の人 ── 起請の端書(はしがき)
- 高山に推車(すいしゃ)——口傳
- 玉竹の遊車(ゆうしゃ)——口傳
- 神爾(しんじ)の口傳——計り知れぬほど深い
この三か条を心底に合点して後に、師弟の契りを交わして奥義を伝える。道の達者より相伝あり。稽古は信より起こり、奇(くす)しき変化も一口の伝えによって神変(しんぺん)へと至る。道は一歩より始まる。男であれ女であれ、賤しき者も貴き者も、共に習い、甲乙ともに同じ師の名のもとに並んで生まれ育つ——この事は弓道においても同じ。
千人になれば紫の雲
二卷の終わり
第三卷
万事に中王(ちゅうおう)の教え
万事に「中王」という義がある。まず四方を取って中王を加えれば五形が生ずる。これに矢と弓の応(こた)え合わせの口傳が無数にある。「五方」といい、五味も同義、五色を合わせれば黄(中央の色)となる。
「三つ」という矢束の教え——五部の諸の中で知るべきは「引かぬ矢束は長し」ということ。矢束は世間の骨相筋の道に附いて、よく究めてこそ吉。十段は稀にして難く達する位。この十段の法度は、手の内・掛稽古の五重十二字が中心で、詳しくは灌頂の巻に記す。
六道(りくどう)の喩え ── 射における心の状態
弓を射る心の状態を、仏教の六道に喩える。六道はいずれも輪廻=脱すべき迷いの状態であり、理想は六道を超えること。
苦しい骨格で弓を弱く引き、力がなく悲しい弓。
強い骨格でありながら弱く引いて、力の出ぬ弓。
矢束を無理に引きたがり、上手ぶって急(せ)く弓。
無理に剛を出して、正しい位(フォーム)から遠い弓。
ほどよく緩やかだが、その緩さに頼りすぎ、これも位に付かぬ弓。
ただ美しく射ることばかりを頼む=美への執着に堕した弓。
苦・辛・塩の味を射に込め、その主(心の主)に合いて、しかして奥義に至る。よき射手となれば、十段も「不立文字(ふりゅうもんじ)」——文字を超えた境地となる。三病・五緩は、文字ではいずれにも片付かぬ。
六道=地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天。六つともが克服対象であり、人道・天道も「良い状態」ではない。不立文字=禅語。最高の悟りは文字では伝わらぬ。三病・五緩=射の三つの病、五つの緩み・崩れ。
五輪碎(ごりんくだき)の事
弓射の五つの要素を碎(くだ)いて(崩して再構築して)自在に使う。配当は五行(木火土金水・五色・五方)による。
| 體 | 色 | 方位 | 形 | 射における用い |
|---|---|---|---|---|
| 土體 | 黄 | 中央 | 四角 | 足踏みを大地のごとく据え、中心を定める |
| 水體 | 黒 | 北 | 円 | 水が器に従うように、真円に引いて弱所を補う |
| 木體 | 青 | 東 | 三角 | 拳の形で大きく使い、まっすぐ仕上げる |
| 火體 | 赤 | 南 | 三角 | 身を奮い立たせ、露のごとく自然に真円の離れへ |
| 金體 | 白 | 西 | 半月 | 先を前に向け、弦の煙を立てて離す |
懸母(かけはは)── 父母大三(ちちははだいさん)の事
心は剛(押手の力)として推(お)し、引く両方の気味(感触)を合わせる。大目(おおめ)に引いて三分の一——この五箇所に種々の口傳がある。「父母の収まり」とも同じだが、少し心が替わるゆえ口傳が分かれる。父母大三(父=押手・母=勝手・大三=引分け途中で両腕が三角を描く中間)でも同じく、よく修学してこそ矢束が見えてくる。
大三(だいさん):打起しから引分けへ移る中間。両腕が大きな三角を描く形。正面打起しの流れで用いる。
三卷終 大正十四年五月 體勇社 柴田勸十郎
第四卷
會(かい)の事 ── 口傳の階梯
- 弦掫(つるとり)の口傳:弦道(弦の通り)の働き
- 淺深(せんしん)の口傳:弦を引く深浅
- 腕力遠(わんりょくえん)の口傳:腕力と距離の関係
- 腕力一騎当千:わずかな腕力で千人に当たる働き
- 一大将:全体を一手に引き受ける心
- 大無理/剛無理:力の極限の見極めの口傳
嫌好(けんこう)の事
心は慈体(全体感)にて——
- 美しくとも弱ければ嫌う
- 剛くとも延び縮みせず固まれば嫌う
- 細くとも縮み延びぬのも嫌う
- 賤しくとも剛ければ好む
右、医師の評定(診断)のごとし。牛角(ぎゅうかく)の療(やまいの直し)に口傳が無数にある。
嫌好:射において嫌うべき癖と、好むべき性質。牛角の療=牛の角のような張り・形を射に活かす譬え。
手の内(てのうち)の事〔再出〕
「鶏(にわとり)の首の開閉」——口傳に「三德」といい、三つの手の内の注意。「三毒(さんどく)」は上下の開閉の口傳。「骨法」は諸法に口傳あり。呼吸を立てて矢を起こす時——諸病あり。これ一つにて走り(通じ)、二度乳子(にゅうし)に成るという。骨の相応と骨法を七重にわたって大事とし、形の大きさは七道に通ず。
三毒:仏教の貪・瞋・痴になぞらえた、手の内の戒め。
弓の收矢(しゅうしゃ)の別の事
先の条に「呼吸を立てる」とある。無心で離れた手の弦の収まり(弦が手を離れる感)について——「驚鶴(おどろきづる)の離れ」がどこに在り、何が起こるか。大事として秘すべし。
收矢(しゅうしゃ):射た後、矢が収まり、動作が静まること。残心(残身)と深く関わる。驚鶴の離れ=鶴が驚いて飛び立つような、自然で伸びやかな離れの譬え。〔洋弓:フォロースルー〕
五部(ごぶ)の諸 ── 陰陽・胸と肩
肩に剛を加える「剛肩の諸」、胸を整える「胸の諸」、右肩を整える「右肩の諸」、腕力を引き出す「腕力の諸」。右、五部の諸といい、「剛の諸」という。
- 剛の緩み:押手の手の内、または撃ちの緩み——剛の諸で直す
- 繁の緩み:左の肩——脳力(はかる力)の諸で直す
- 肩の緩み:妻手(勝手)の緩み——脳力の諸で直す
- 右肩の緩み:右肩口の諸で直す
- 胸の緩み:胸で直す
緩み(ゆるみ):射中に力が抜ける箇所。最も注意すべき欠点の一つ。陰陽=押手(陽)と勝手(陰)、剛(陽)と柔(陰)の対比。
四部の離れ の事
右の五部の諸を真中(まなか)に、水の心(柔らかな中心)を持ち、五臓五体の情を胸に収め、その色(内なる色)を合わせて見れば——四つの離れは、この紫の胸の内に大石(たいせき)を打ち込むように収まる。離れの心をよく覚えれば、至りの心も一度にさっと切れ、弓道の心の境(儀)に到る。
四部の離れ:離れを四側面(体・心・弦・矢の一致)から捉えること。
牛角の療 の事
牛には角があり、その働きは自然だが、五体が弱ければ見事な角も用をなさぬ。射形が美しくとも、五体が(力なき)牛のようでは意味がない。真の角は弱くとも実(じつ)に勝る——見た目より実質を、自然の力(牛角)に求めよ。
弓の文(ゆみのふみ)── 絹綾錦(きぬあやにしき)の事
心は五体の筋(の力)を引き上げ、十王(宇宙の理)へ向けて入り違える(交差させる)。習い勤めるにつれ、弱き所に加減した賢覚(知恵ある覚え)を弓に与える。冷・熱・平の三張りの弓、矢の皮・肉・骨(三層)。自師(じし)に教わるべし。深く信じ、賢覚によって口傳を取り入れる。紅紫の口傳とは、口傳によって裏表を知ることが肝要、という。
七道の諸(もろもろ)の善悪をみな覚(さと)りて、一尺八寸の諸——これを「小間(こま)の口傳」という。
絹綾錦:絹・綾・錦の三織物。初歩・中級・上級、あるいは皮・肉・骨に配する譬えか。一尺八寸=弓・矢に関わる基準寸法。
十八界(じゅうはちかい)ということ
仏教の十八界(六根・六境・六識)になぞらえた射の十八要素——剛々と正直(まっすぐ)たること。大事の口傳——この歌にて合点すべし。
十八界:六根(眼耳鼻舌身意)・六境(色声香味触法)・六識の十八。射の全要素をこれに配した独自体系と見られる。
四の卷 終 ── 奥義の位について
六四雀積(ろくしすずめづみ)一町三尺・十段百手——これが当流奥義の位の究(きわみ)である。弓縁の五德(ごとく)の位を次のように説く。
年・経験に応じて積む徳
習い積んで得る徳
見て得る徳
体で得る徳
意・心で得る徳
主要用語対照表
| 弓道用語 | 読み | 洋弓の対照語 | 解説 |
|---|---|---|---|
| 足踏み | あしぶみ | スタンス | 射位での足の踏み開き |
| 胴造り | どうづくり | — | 体幹・姿勢の確立 |
| 弓構え | ゆみがまえ | セット/セットアップ(部分対応) | 取懸け・手の内・物見を含む |
| 物見 | ものみ | エイミング(狙いの面) | 的へ顔を向け狙いを定める |
| 打起し | うちおこし | 直接対応語なし | 弓を引き上げる動作 |
| 大三 | だいさん | — | 引分け途中の三角の中間形 |
| 引分け | ひきわけ | ドローイング | 弦を引き絞る |
| 会 | かい | フルドロー/アンカー(+伸合い) | 引き絞り伸び合う局面 |
| 離れ | はなれ | リリース | 弦を放つ瞬間 |
| 残心(残身) | ざんしん | フォロースルー | 射後の心身の保ち |
| 押手(弓手) | おして/ゆんで | ボウハンド | 弓を押し出す手 |
| 勝手(妻手・馬手) | かって/めて | ドローイングハンド | 弦を引く手 |
| 手の内 | てのうち | グリップ(より広義) | 押手の弓への整え |
| 矢束 | やづか | ドローレングス | 自分の引き尺 |
| 弦道 | つるみち | —(弓道の実語) | 弦の通る道筋 |
| 弓懐 | ゆみぶところ | — | 弓を持つ腕と体の間の懐 |
| 猿臂の射 | えんぴのしゃ | —(古語) | 肘を柔らかく構えて引く |
| 十文字/五重十文字 | じゅうもんじ | —(弓道の中核理念) | 弓・矢・体の縦横の直交 |
| 三病/五緩 | さんびょう/ごかん | — | 射の三つの病、五つの緩み |
| 剛弱 | ごうじゃく | 詰合い・伸合いに通じる | 押す力と収める柔らかさの釣り合い |
| 收矢 | しゅうしゃ | 残心に関わる | 射後、動作が静まること |
本書について
書名 四卷之書
刊行 大正十四年(一九二五年)
編輯 柴田勸十郎
発行 體勇社(京都・非賣品)/印刷 三秀舎
日置流系の弓術秘傳を四巻にまとめた口傳書。仏教(真言・禅)・神道・五行・六道など多様な思想が織り込まれ、骨法・剛弱・父母の調和・五重十文字など、射の本質は現代弓道にも通じる。
── 終 ──
山口 諒
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