この記事は2023年3月13日に書かれたものです。最新の情報とは異なる可能性があります。ご注意ください。

唯一無二の弓 – 歴史編. 11

1929年の論文で設計されたシューティングマシン

人類が弓を手にしてから何万年もの月日が経ちましたが、弓はほとんど進化していません。19世紀になっても論じられるのは使用する素材の違いくらいです。1926年の著書でアーチェリーに詳しい大日本武徳会弓道範士の堀田義次郎は「行く行くはヨーロッパに選手を送って日本弓術の権威を世界に発揚したいものである」と書いており、弓の性能には大きな違いがあるとは考えられていませんでした。1930年代、日米で和弓とロングボウによる交流大会が行われましたが、勝敗は2勝2敗の引き分けでした。

ロングボウに進化をもたらし、現在の洋弓に進化していくきっかけの一つは古典力学の完成です。古典力学という言葉とニュートンの林檎は、はるか昔をイメージさせますが、エネルギーについての論争が解決したのは150年ほど前の19世後半であり、エネルギー(ドイツ語)が定義されたのすら1850年頃です。

もう一つのきっかけは、心理的な距離です。弓の研究者3名によって編集された「ARCHERY:The Technical Side (1947)」の序文には「古参のアーチャーの中には、何世紀も前の高貴な遺産であるイギリスのロングボウに改良の余地はない、という考えを公然と表明している人もいる。その設計の正しさを問うことは、冒涜に近いものである」と書いています。当然、同時期に日本にも古典力学はもたらされますが、それによって和弓が改良されなかったように、イギリスの象徴であるロングボウはイギリスでも変わらず、遠く離れたアメリカですら、ベテラン勢には冒涜に近いものとして、1920年代にアメリカで最新の物理学を使ってロングボウを改良する研究が進んでいきます。

科学者による理論はエンジニアによって実践となります。戦後のアメリカで急成長し、現在でもトップランナーであるホイット社の創業者のインタビューと、ホイット氏と理論の開発に貢献したヒックマン博士との手紙にこの時代の進歩を感じることができるかと思います。

学者 : 人が的に当てるためには、いくつのことが必要ですか。

アーチャー : 2つです。

学者 : その2つとは?

アーチャー : まっすぐ射ち、引く長さを一定に。

トクソフィラス(英語で最初に書かれたアーチェリー指南書) 1545年

弓術においては16世紀からまっすぐ射つことの大切さが指摘されています。しかし、弓が”棒”である限り、矢を弓の真ん中に置くことはできず、それにより「エイミングライン」「アローライン」「力のライン」は一致せず、言葉の意味どおりにまっすぐ射ることは不可能です。ロングボウでは弓を傾けてそれらのラインの可能な限りの一致を試みたし、和弓では手の内といった射技によって解決することを試みるのですが、20世紀のアーチェリーが唯一無二の的中率を誇る弓となったのは、物理的に「まっすぐ射る」ことを可能にしたセンターショットの実現にあると思います。

矢を弓の真ん中に置き、アンカーポイントを目の下にし、ピストル型のグリップを導入したことで、歴史上初めての「エイミングライン」「アローライン」「力のライン」が一致し、文字通り、まっすぐ射ることが可能になりました。

History Of The Federation Internationale De Tir A L’arc 1931-1961

これにより、アーチェリーの的中率は飛躍的に向上し、1933年の平均スコア(*)は918点でしたが、1959年には1065点まで向上します。この後、クリッカー、プランジャー、スタビライザー、カーボンシャフトが登場して、更に的中率が向上していき、世界各国のセンターショットではない弓が、アーチェリーの弓に勝つことはないでしょう。現在、「弓はターゲットアーチェリーで使用されるもので、常識的に弓という言葉に適合していれば、どのような形状でも使用することができる(202.1)」と競技規則にありますが、センターショットでない弓が近年世界大会で実績を残した記録はありません。

*世界大会での男子選手トップ5の平均点

現在のグリップ(FIG.37)は以前は不適切とされた

また、センターショットの達成により、アーチェリーのシューティングフォームも変化する。グリップは実際にまっすぐ押すことができるようになり、エイミングに関する議論はなくなり、弓は垂直に保持ができるようになり、弦サイトが補助的エイミングとして使用できるようになる。ロングボウの改良とそれに伴うシューティングフォームの変化は1970年頃まで出揃い、現代のアーチェリーが今が完成します。

C. N. Hickman, Forrest Nagler & Paul E. Klopsteg, Archery: The Technical Side, 1947.

ROBERT J. RHODE, HISTORY OF THE FÉDÉRATION INTERNATIONALE DE TIR À L’ARC Vol. 1: 1931-1963, 1981

樋浦 明夫, 正鵠を射られた活力論争 : 「運動の計測度。-仕事」(「自然の弁証法」F.エンゲルス)で明かされたその本質, 科学史・科学哲学 23 31-41, 2010


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Ryo

(株)JPアーチェリー代表。担当業務はアーチェリー用品の仕入れ。リカーブ競技歴13年、コンパウンド競技歴5年、2021年よりターゲットベアボウに転向。リカーブとコンパウンドで全日本ターゲットに何度か出場、最高成績は2位(準優勝)。次はベアボウでの出場を目指す。

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