【歴史】アメリカとターゲットアーチェリー

(チューニングマニュアルになる記事です)

イギリスでは貴族の嗜みとしてターゲットアーチェリーが誕生します。現在でもイギリスのアーチャーの多くがターゲットアーチェリーを楽しんでいます。一方で、アメリカでは全く違う形でアーチェリーが普及します。

南北戦争後、勝利した北軍は銃器所持者を増やすためNRA(全米ライフル協会)を設立します。対して、負けた南軍は銃器の所有を禁じられました。それまで銃器で行っていたハンティングもできなくなってしまいました。そこで、かつて使われていたアーチェリー再度注目されます。

かつては世界中で弓矢によって狩猟が行われていましたが、現在、弓矢でハンティングが行われている地域は多くありません。ハンターは一度銃を手にしたら戻る意味がなくなるからです。しかし、アメリカではそうではありませんでした。

1878年に元南軍であったモーリス・トンプソンによって書かれた「The Witchery of Archery」が大ヒットし、ハンティングを中心にアーチェリーが広まっていきます。ちなみにこの本は17章からなりますが、ほぼハンティングが話題で、ターゲットアーチェリーについて触れている章は1つだけです。著作権が切れているので、英語版はネットで、無料で読めます。

1879年にこの本の著者のハンターとして有名だったモーリス・トンプソンが初代の会長に就任して、NAA(USA Archeryの前身)が設立され、ターゲットアーチェリーの大会も行われる様になりましたが、もともとハンティングをするためにアーチェリーが普及した国ですので、現在でもアメリカではアーチェリー愛好家はハンターが圧倒的多数です。コンパウンドの時代に入る直前、リカーブ黄金期の1974年にベアアーチェリーは年間25万台製造した記録があり、そのうちターゲット用は10%程度と考えられます。

参考文献 Vintage Bows- II Rick Rappe著


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Ryo

(株)JPアーチェリー代表。担当業務はアーチェリー用品の仕入れ。リカーブ競技歴13年、コンパウンド競技歴5年、2021年よりターゲットベアボウに転向。リカーブとコンパウンドで全日本ターゲットに何度か出場、最高成績は2位(準優勝)。次はベアボウでの出場を目指す。

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